第10話 事件ですか?

 五代勇治さんの息子にして晴人くんの兄にあたる五代英伍ごだいえいごさんと話をしたことがある。


 上野の喫茶店は、休日の昼下りとあって混雑していた。

 喫茶店っていうかここはファミレスか何かなのか? あちらに指定された場所だから初めて来てみたけども、繁盛している。

 俺は平日でも大丈夫だけど、社会人なら土日じゃあないと厳しいよな。


 華奢な体つきと細い目に、中性的な顔立ちをしてついでに長い髪を一本にゆわえているから、遠目だと本当は女の人なんじゃあないか? と勘違いしてしまうほどだ。

 まあ、名前が女の名前じゃないし。――特に期待はしてなかったよ。


 開口一番に「あんちゃん、どっかで会ったっけな?」とあちらから問いかけてきた。


 関西弁っぽい語り口にやや訛りが含まれていて、出会う場所が違っていたら親しくなれていたかもな、と思わせるような雰囲気がある。

 俺は男好きじゃあないからどっかで会ったかどうかなんて覚えていない。


 というか、怒鳴られるのを覚悟していた俺としては拍子抜けだった。俺は悪くないけども。

 吠えるように「俺の大事な父親と弟を返せ」と言われたら、甘んじて受け入れるつもりだ。

 俺もどっちかっていうと被害者の側だけどさ。


「お会いするのは初めてです」


 視線を俺の頭のてっぺんからつま先まで、上から下へと移動させてから「さよか?」と訝しまれた。ここで嘘をついても仕方なくないか。

 とはいえ、こういう反応をされてしまうと俺自身の記憶を疑ってしまう。


 こんな糸目の関西弁キャラクターなんて、……女の子だったら覚えてそうなもんだけども。


「んまあ、座りや」


 促されたので向かいの席に座る。

 俺のほうが手前になるようにしてメニューを開いてくれた。


「何にする?」


 コーヒーがずらりと並んでいるが、ミルクコーヒーとカフェオレはどう違うんだろ。

 牛乳の量がミルクコーヒーのほうが多いんかな。

 見慣れないので目移りしていたら「なんでも好きなもん頼んでええで」と悩んでいるように思われたっぽい。


「え、いや」

「兄ちゃん、よお見てたら自分の妹に似とるなあ」


 暗に『女顔』って言われたのは初めてだよ。俺に似ているって。

 弟ならまだわかるけどさ。


「自分の妹はな、兄ちゃんの一個上でな。モデルさんやっとんねん」


 しかも職業はモデル。

 わかった。顔じゃなくて身長で判断されてんな?


 一個上ってことはいま二十三歳か。

 そっちの妹さんのほうとお会いしたかったよ。どっちかっていえば。モデルと知り合える機会なんてそうそうない。


「似とるから会ったことあるような気がしたんやろな。これも縁やから、奢ったるわ」


 なんか奢られる流れになっていた。

 貸しを作るのはよくない気がするので「俺の分は払いますよ」と遠慮しておく。


「んまあ、自分が呼び出したから自分が払う気ではいたんやけどな。自分はココ来たらコレって決めてんねん」


 ページがめくられて、五代さんはクリームソーダを指差した。だめだ聞いてない。

 指差された写真を見ると、容器がブーツの形をしている。

 このお店はどこぞのテーマパーク的な場所をイメージして作られているんだろうか。


「ミルクコーヒーにします」


 ミルクコーヒーとカフェオレの違いは結局わからないが、まあいいかとミルクコーヒーを選択すると「ほいほい」と五代さんは呼び出しボタンを押す。

 別のページを見ると、サンドイッチやトンカツが挟まったパン、バーガー系なども充実していた。

 デニッシュパンにソフトクリームが乗ったデザートもある。


「なんや。腹減っとるんか」


 また今度来てみよう。

 初対面の――ましてやの遺族に食事メニューまで支払わせるのは図々しいにも程がある。

 俺は「いえ」と返してメニューを閉じた。空いているといえば空いているんだけども。


「お待たせしました」


 大して待たされていないがそういう定型文だもんな。

 やってきたウェイターに五代さんが「クリームソーダと、あとミルクコーヒー」と注文する。


「ミルクコーヒーは加糖か無糖お選びいただけますが」


 あ、俺が聞かれてる。スラスラと出てくる質問文に「じゃあ、加糖で」と答えた。

 答えたあとで、めちゃくちゃ甘いもんが出てきたらどうしようかと頭をよぎったが、ウェイターは注文を早口で繰り返してから、さっさとテーブルから離れていく。忙しそうだな。


「豆菓子でございます」


 別のテーブルで注文を取ってから豆菓子を置きにきた。

 なんだこれ。お通しかな。

 まじまじと豆菓子を見ていたら、五代さんは小さい皿に豆を出して「兄ちゃんはずっとこっちのほうなん?」と訊ねてくる。


「そうですけども」


 こっちのほうって、たぶん、住んでいるところだろうな。

 俺は生まれてこの方ずっとこの辺だよ。祖父母に引き取られてからも。


「その目はカラコン入れとるんか?」


 ああ、これか。よく聞かれるやつだ。

 オレンジ色の目。


 カラコンって疑われるのもあるあるだよ。何度目か数えてないぐらい。

 特に学生時代はクラス替えするたびに言われるし。先生方にも聞かれたし。


 そんなおしゃれに気を使っているように見えんの?


「生まれつきです。母親の遺伝だそうですよ」

「ほーん」


 聞いたくせになんだよ。

 俺も豆食べるか。食べていいっぽいし。まあ、食べちゃいけないものは出さないよな。


「あのな。自分は、あの事故のことを『雷にあたったようなもん』と思うことにしたんや」


 来た。

 ただし、想定とは違う。


「兄ちゃんもそう気負わずに、起こっちまったもんはしゃあなしでいったほうがええで」


 そうか?

 一粒口の中に放り込んでしまった豆を噛み砕く。


 五代さんはそれでいいのかもしれないよ。父親と弟さんを亡くしていて、その『しゃあなし』で本当にいいのならさ。

 俺はひいちゃんを亡くしているんだ。かわいい義理の妹が巻き込まれている。ひいちゃんは帰ってこない。


 父親アイツが悪い。

 死んでよかった。死んでくれたおかげで俺は解放されたわけだけど。でも。


 誰かを巻き添えにしてほしくなかった。

 たまたま俺ではなかったってだけ。


「自分でよければ相談に乗ったるから。ぐらいに思ってもろて」


 ありがたい言葉だけども。


 このあと飲み物を飲みながら、五代さんが自身の仕事話(新薬開発に携わっているらしい)とモデルの妹さんの自慢話を長々とされた。シスコン……?

 一時間ほどでお開きになって、上野駅で別れてからは一度も連絡したことがない。

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