026 転生者、美少女が増える
軽快な音楽とともに、アクロード王国十四美女の一人にして、『歌姫』の称号を持つセーレ・アダマスは気怠げな表情でベル音を奏でるスマホを見た。
音が鳴っているのはスマホに備わった目覚まし機能である。
「朝、ね」
セーレはんー、と身体を伸ばす。
魔蟲が吐く糸から紡ぎ出されたシーツはすべすべで、王国じゃあ国王ぐらいしか堪能できないだろう最高の肌触りだ。
部屋に設置されたエアコンは適温を保ち、除湿も完璧でいつまでも寝ていたくなる。
隣にレオンハルトがいればそのまま行為に突入してもよかったが、昨晩は相手をしてもらっていないためにここは自室である。
「はぁ……起きなきゃね」
セーレは惰眠を貪りたがる肉体を意志の力で防ぎ、まだ音を発していたスマホを止める。
そして実家から連れてきたメイドを呼び出すと、着替えと身だしなみを整えるのを手伝って貰い、食堂に向かう。
なおメイドに起こして貰わなかったのは、スマホの目覚ましで起きるのがこの屋敷の令嬢たちの最近の
「セーレお姉さまおはようございます!!」
さて、食堂にたどり着けば、レオンハルトが囲っている、セーレより格下の令嬢たちが次々と挨拶してくる。
それにセーレも「おはよう」と返していく。
加えて自分より格上の令嬢には「おはようございます」と挨拶をしていく。
相手も「おはようセーレ。今日も良い朝ね」と返してきて、朝の日課終了と内心で笑みを浮かべた。
淫紋による『家族化』の
「旦那様は?」
食堂にレオンハルトはいない。
昨日迎えたとされる新しい令嬢の相手をしているのだろうか?
「御主人様は、エクレアとスズ様、シメト様にメイドたち十人ほどのお相手で寝てますね」
セーレの問いには、一緒にやってきたセーレ付きの、実家から連れてきたメイドが答えた。
そのメイドは言いながらもセーレの目の前に朝食を並べていく。といってもその朝食は軽いものだ。
魔の森で採取されたフルーツを使ったスムージーと拠点にある家畜小屋で取れた牛乳から作ったヨーグルトとゆで卵。
この拠点の家畜小屋ではテイム技能持ちの奴隷たちが働いていて、この魔の森の中でも卵を産んだり、乳を出したりする
セーレが聞いたところ、その奴隷たちだけは例外的にセックスではなくパワーレベリングでレベルを上げられているようだ。
魔物は弱らせても人類の敵対種たる魔物なので、弱い者を主人としない。テイムしたいなら自力で弱らせる必要があるのである。
「なるほどね。うん。今日もご飯が美味しい」
レオンハルト専属のメイドであるエミリーが作る弁当や夕食も美味しいが、魔の森の素材そのものみたいな朝食も朝食で美味しく、セーレの、寝起きで下がっていた気分と血圧が上昇する。
そんなセーレの耳に、ぷぅん、というなにかの羽音のような音が入ってくる。
セーレが視線を音の発生源に向ければ小型の羽虫型ゴーレムが高速で食堂内を移動しているのが見えた。
魔の森は森なので、魔蟲と呼ばれる虫型モンスターの他にも、普通の虫が――といっても魔力がないだけでレベル1の人間より強い虫だ――存在する。この羽虫型ゴーレムはそれを全自動で捕らえては素材倉庫に運んでいるのだ。
「……住みやすいけど、虫がいるのは困るわね」
「といってもこの屋敷内は王都よりずっと虫が少ないですよ? 御主人様が捕獲用の小型ゴーレムを放っているおかげですね」
セーレの愚痴にメイドが答える。捕まえた虫は錬金術の材料にしたりするらしい。
あまり興味のない情報だから、セーレはその辺りはよく知らないが、魔の森の生物というだけで特別な道具や薬の素材になるからだと言う。
質問に答えてくれたセーレ付きのメイドにセーレは視線を向ける。
「王都より虫が少ないの?」
「王都屋敷はダニとかノミとかが結構いましたけど、ここはレオンハルト様が魔法で退治してますのでいませんね。定期的に薬を撒いたりしなくていいのは助かりますが、これでは害虫退治のノウハウを忘れてしまいそうです」
王都は鼠対策で猫を飼っている貴族家も多いので、ダニやノミなどが多いようだった。
無論、貴族ならば鼠程度なら目に付けば魔法で殺すことも可能だが、目につかない場所で食料を荒らされたりすると困るので猫を飼うのである。
そんなメイドの視点からするとこの屋敷はなんでもレオンハルトがやってしまって張り合いがないようだ。便利すぎるのも問題なのかも? とセーレは思ってしまう。
「すごいわね。そういった害虫退治もいずれ魔道具に変えるのかしら?」
「専門家のスズ様とシメト様が来ましたので、そういうのも進むんでしょうねぇ」
レオンハルトが言うには、自分が突然死や寿命などでいなくなったあとに拠点を維持できなくて令嬢たちが困ることがないように、自分がやっている作業を令嬢や奴隷たちに少しずつ負担を分けていくのだという。
と言ってもレオンハルトが死ぬとも思えないので、あまり意味はないようにセーレには思える。
「それとお嬢様。お手紙があります」
「手紙……? なんだったかしら」
「スクナお嬢様からです」
「……そう、なんて書いてあった?」
「お嬢様、ご自分で確かめられたらどうですか?」
メイドに浮かぶのは、意地悪を言う表情ではなく、セーレを慈しむ表情だった。
わかった、と言いながら朝食を片付けて手紙を見る。周囲の視線が自分に向くのに気がつく。淫紋による家族化の属性が付与されている他の令嬢たちから向けられる視線は、セーレを心配するような表情だ。
それが心地よく、それでもセーレは取り繕うように微笑んでみせた。
「なんでもないわ。ああ、誰か、今日は学園休むって伝えてくれる?」
この手紙の内容が良きにつけ悪しきにつけ、どうであれセーレにとっては心安らかにはいられないだろう。
そういう相手からの手紙なのだった。
◇◆◇◆◇
「レオ様、お願いがあるんだけど」
女体の海で朝の淫猥な運動を行ってから、着替えて食堂で飯を食って、さぁ今日はなにしようかと研究所に向かおうとした俺に青髪美少女にして、アクロード王国十四美女の一人であるセーレ・アダマスが話しかけてきた。
ちなみに旦那様かレオ様がこの少女が俺を呼ぶときの口調だ。レオ様、というときは少し媚びた感じで何かを頼まれることが多い。
特にやることもないので「いいぞ。言ってみろ」と言いながら屋敷の中庭に場所を移す。
婆さんの教育過程を終えて、俺付きメイドに戻ったアシュリーとイリシアを連れてだ。
屋敷の令嬢たちは学園に行っているのか中庭には誰もいない。
俺が屋敷内の衣装として推奨してるミニスカート姿で――アクロード王国貴族は基本的にミニスカートみたいなパンツ見えそうなスカートは履かずにロングスカートかパンツスタイルである――ボール遊びをしている令嬢たちを今日は見ておらず、残念な気分になる。
中庭にあったテーブル席に座れば、アシュリーが紅茶を淹れてくれる。
少しの談笑をし、俺とセーレが紅茶に口をつけてから、セーレは本題に入った。
「女の子を一人、ミスリル貨で妾にできるから、払ってもらっていい?」
「いいよ。かわいい?」
「かわいいけど、腕がないわよ。だから、義手型の魔道具作ってもらえない?」
「義手か? 生やさなくていいのか?」
貴族の娘が腕の再生治療を行っていないということは、呪いか何かで治癒不能なんだろう。
だが俺は解呪できるし、そうでなくても詳細鑑定で何が悪いかとかわかるからな。原因を潰すぐらいは問題なくできる。
そんな俺をセーレは喜びの混じった驚愕の表情で見つめてくる。
「で、できるの? 王都の大司祭でも再生は無理って言われてたんだけど」
「王都の大司祭ってもレベル100までいってないんだろ? 俺はレベル180をキープするようにしてるし、レベルを犠牲にして呪文の威力をブーストできるから、神に呪いを掛けられた、とかじゃない限りは大丈夫だと思う」
いや、よく知らんけど。まぁなんとかなるだろう。ダメでも義手作ればいいだけだしな。
そう、と安心したようなセーレはお願いします、と気安い口調ではなく、懇願するようにして俺に頼んでくるので鷹揚に頷いてやる。
それにほっとしたような顔をするセーレには、何かいろいろと重要な何かが過去にでもあったんだろうな。
とはいえ、俺の側にはかわいい女の子が増えて、夜の性活ももっと楽しくなるだろうという、気楽な期待しかなかった。
◇◆◇◆◇
TIPS:『歌姫』セーレ・アダマス。
アダマス伯爵の次女にして、アクロード王国十四美女の一人。
濃い、海のような色の青い髪を腰まで伸ばした、美しいサファイア色の瞳を持つ美少女。
『人材メーカー』であるシエラ・カノータスとは同じ称号を持つ身内意識があり、学園での仲は良い。
さて、このページではセーレ・アダマスについて解説する。
まず、ゲーム本編を遊んだプレイヤーの方々はご存知だが、学園在籍時のセーレは歌姫として活動していない。
では学園卒業後に歌姫として活動するのかと言えばそういうわけでもない。
セーレ・アダマスが歌姫だったのは過去のことである。
学園在籍前のセーレは美少女歌姫として、相方にして幼馴染兼親友の美少女ピアニストであるスクナ・レイヤーとともに活動し、アクロード王国中で人気と名声を博していた。
しかし、セーレとスクナを妬んだ貴族令嬢が雇った襲撃者によってスクナが襲われ、両腕を根本から失ったトラウマからセーレは歌えなくなっているのである。
そしてトラウマから歌えなくなったセーレをセーレの両親は見限り、学園卒業後に侯爵家の令息の愛妾として売り渡すことが学園パート開始時には決まっている。
プレイヤーが何もしない場合、セーレはそのまま侯爵令息の愛妾となる。
エロパッチを追加した場合、侯爵令息による十八禁陵辱イベントシーンも発生する。
パッチを適用してもしなくても、戦乱パートでの侯爵家攻略後に『壊れたセーレ』が獲得できるのだ。
話を戻すと、この愛妾契約が決まっていることからセーレはシエラ以外の人間を信用しておらず、人間不信気味になっているため初期好感度はかなり低いものとなる。
学園パートでの好感度イベントの発生も少なく、これをどうにかするには、シエラの人材収集イベントでセーレの婚約を潰し、陣営に加えることで発生するイベントをこなすことで好感度を上げていく必要がある。
さて、一定以上に好感度を上げればセーレのメイドから、かつてのセーレの相棒であるスクナの情報を聞くことができるのだが、ここで更に必要な人材が追加される。
スクナの治療を行うためには、この状態でスズ・パラケルススのイベントを発生させる必要があるのだ。
なお、ダンジョンドロップで通常のエリクサーを手に入れているプレイヤーが多いだろうが、ここで使ってはいけない。
そう、このセーレのイベントは、セーレの好感度イベントであると同時に、スズの研究イベントでもあるのだ。
状態異常回復や解呪を含む完全回復効果を持つ霊薬である『エリクサー』。これをイベントを通してスズがエリクサーを開発することで『エリクサーの量産』を含む霊薬ツリーはアンロックされ、スクナ・レイヤーも完全治療が可能になり、セーレ・アダマスはキャラクターユニットとして使用可能になる。
手間が掛かっているだけにセーレがユニット化したセーレ&スクナのサポート性能は強力無比で、他に比肩するものがいない。
歌唱技能を持つ固有のユニットは他にもいるものの、セーレはそんなユニットの中でも頭ひとつ抜け出ており、加えて『歌姫』として復活したセーレと『ピアニスト』のスクナのコンビは、シメト・トリスメギストスに『マイク』『スピーカー』を開発させることで軍団の追加装備として従軍させることも可能なのだ。
二人が奏でる軍団規模のバフ効果は、所属部隊に鬼神のごとき働きをさせるだろう。
――『アクロード王国統一戦争』完全攻略ガイド セーレ・アダマスのページより一部を抜粋。
◇◆◇◆◇
シエラ・カノータスが子爵領での用事を終えてレオンハルトのハーレム館に帰ってくれば、食堂から歌声が聞こえてきた。
珍しいことをしているな、と想いつつも聞き覚えのあるそれにシエラは「あら?」という表情をした。
メイドのレイラが「この声はセーレ様ですね。もう歌えなくなった、と聞きましたが」と疑問を含んだ問いかけをシエラに発した。
それはかつてシエラが聞いた、セーレが王国中をツアーしていたときのものと遜色のない歌声だった。
聞き覚えのある、懐かしいピアノの調べも耳に入ってくる。
シエラはふふ、と機嫌良さそうにレイラに微笑んでみせた。
そうなのだ。シエラは、自分がセーレをレオンハルトの妾として誘ったときに、きっとこうなるとわかっていた。
だからセーレに話を持ちかけたのだ。
「スクナが治ったのよ。セーレの馬鹿、ようやく旦那様にお願いしたわね」
即日呼び寄せて治して貰えばこんなに時間を掛けることもなかっただろうに、なんて思いながら食堂の扉を強く開く。
「セーレ! 馬鹿! 遅いわよ!! でもおめでとう!!」
令嬢やレオンハルトの前で歌っていたセーレが「シエラ! ごめんなさい。でもスクナがよくわからないところに行くのは怖いっていうから手紙で説得してたのよ」と歌を中断して、抱きついてきたシエラを抱き返す。
「シエラ。もう、演奏の途中だったのに、中断しちゃったじゃない」
ぼそりとつぶやかれた言葉に、シエラがピアノの方向に目を向ければ、そこにはピアノを前に金髪碧眼の少女がいた。スクナ・レイヤー。『ピアニスト』の神授スキルを持つ、セーレの相方だ。
シエラがセーレと仲が良いのと同じく、シエラとスクナも友人だった。
学園に彼女は通っていなかったが、セーレを通して文通する仲だったのだ。
「スクナ! やっぱり治ってる!!」
セーレと一緒にぎゅうぎゅうと抱きついてくるシエラに、スクナは苦笑するしかない。
そんな風景を家族となった少女たちは優しい表情で眺めていた。
再開される演奏。用意された豪華な料理。令嬢たちの笑い声。それらを楽しみながらレオンハルトは(今晩はスクナとの初夜だが、セーレとシエラも絶対に呼ぼう。親友丼だ)と下劣な欲望に満ちた笑顔を浮かべるのだった。
◇◆◇◆◇
名前 :セーレ・アダマス
レベル:100
職業 :令嬢
称号 :《アクロード王国十四美女》
スキル:『礼儀作法上級』『アクロード王国式魔法中級』『身体強化』『調律』『祝福の歌』『料理』『水泳』
神授スキル:『歌姫』
固有スキル:『美声』
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