③ハーブのリゾット
表からみるよりも修道院の中は奥行きが広く、どこに通じるのかも分からない通路がたくさんあった。
案外年代物の建築なのかもしれない。
けど、どたばたと大騒ぎする声をたどれば、目的の場所に着くのは難しくなかった。
二人は声のする部屋の扉を開け、厨房らしき場所に入った。
ココハが想像していたほど、厨房はひどいありさまではなかった。
調理器具や先ほどマカレナたちが採った山菜類が散らばっていたものの、そのくらいだ。
そして、厨房の奥では、大きな寸胴の釜がぐつぐつと火にかけられて煮えていた。
漂ってくるのは悪臭とまではいかないが、いい匂いとも言いがたい、なんとも微妙な香りだった。
「あ、イハナさん、ココハさん」
最初に修道院長のマカレナがココハたちに気づき、後の二人も振り向いた。
けど、みんなそろって気まずげに肩を落とし、うつむいてしまう。
なんだか悪戯が見つかった幼子みたいな表情だった。
「あうぅ……。お待たせして申し訳ありません。そのぅ、少々調理に失敗してしまいまして……」
マカレナは笑顔こそ失っていないものの、その眉が困ったように八の字を作っていた。
そんなマカレナをかばうように副院長のレナタが、
「つぎっ! つぎはうまく作りますので……。その、もーすこしだけ待っててもらえますでしょうか?」
「そう言ってつぎはうまくいくほしょうがあるのかね、レナタふくいんちょ~?」
「なんであんたが偉そうなのよ、リタ! 失敗したのはリタにだって原因があるんだからね」
「うみゅう……」
さしもふてぶてしげなリタも、イハナたちに向かっては申し訳なさげに頭を下げた。
「ごめんなさい、です。おなか、ぺこぺこ?」
「いえいえ~」
ココハは笑ってぱたぱたと手を振った。
「待つのはぜんぜんかまわないです。それよりも……」
「修道院のみんなは何を作ってたの?」
ココハ、イハナの順でそう返答した。
もともと修道院の好意で料理をごちそうになるというのに、待たされて怒るような道理はなかった。
もっとぶっちゃけて言ってしまえば、ココハたちは先ほど川沿いの屋台でクラーチャを買い食いしているので、待てないほど空腹だ、ということもない。
「はい、薬草(ハーブ)のリゾットを作ろうかと……」
マカレナ院長が、しょぼんと肩を落としながら答えた。
「なるほど~」
「それは素敵ですね」
イハナは厨房の奥で火にかけられている鍋に向かっていき、
「ちょっと失礼」
木の匙があったので、鍋の中身をひとさじすくった。
「あっ、だめです!」
マカレナが制止するよりも早く、イハナはぱくっと匙をくわえた。
「ん~」
イハナは思案気にうなっている。
「イハナさん、わたしも一口いいですか?」
「ココハさんまで。ダメです、不味いですよ!」
マカレナはそう言って制止しようとするが、イハナは構わずココハに匙を手渡した。
「はい」
「ありがとうございます」
ココハも同じように、その緑色の液体を一口すくって味見してみる。
おいしいかまずいかで言ったら間違いなく後者だけど、がまんして食べられないこともない、そんな味だった。
薬草の苦み、えぐみが口内に広がり、舌の上に残る。
けど、二人とも「んげっ」と顔をしかめるようなことはせず、
「あー、お米、かき混ぜすぎてるなぁ。オリーブと水の割合も問題っぽい。塩も多いし、入れるタイミングもよくないなぁ。味がけんかしちゃってる」
まずはイハナがそう指摘し、
「シプレス草はあまり煮すぎると苦味が増すんです。それとアコニトの木の根とシルエラの実はたしかに身体にはいいけど、いっしょに混ぜないほうがいいかも」
ココハも感想を口にした。
修道女の三人はそれを聞くと「おお」と感嘆した。
「お二人は、もしかして、お料理にお詳しかったりするのでしょうか?」
いきおい込んできくマカレナに、
「まぁ、あたしのとこは自炊が基本だからね~。昔は色々失敗したもんんですよ」
先にイハナが、
「わたしは料理はそれほど……。けど、薬草のことだったら、そこそこ分かるよ」
ついでココハが答える。
「ふふーん、ココハちゃんは魔法のお医者さんなんだよ~」
「ちょ、イハナさん!?」
イハナにあっさりカミングアウトされて、ココハはちょっとうろたえた。
ここは神に仕える者が暮らす修道院。
魔導士と教会は長いこと互いに相いれない存在だった。
表立って反目しあう時代ではなくなったとはいえ、偏見の目は残っているかもしれない。
ココハが魔導士だと知って、三人は途端に白い眼をココハに向ける。
―――なんてことはまったくなかった。
「魔法医様!? それはとてもとても心強いのです」
「すっご~い」
「おお~」
マカレナたちの目はキラキラと輝いていた。
「え、あ、いや、といってもまだ学校を卒業したばかりで……」
修道女たちにそんなストレートに尊敬のまなざしを向けられるとは予期していなくて、かえってココハはまごついた。
「でしょでしょー。ココちゃんはすごいんだよー」
なぜかイハナの方がますます自慢げに鼻を鳴らし、豊かな胸を張っていた。
マカレナたちはなにやら三人で顔を寄せ、ごにょごにょと内緒話をはじめた。
そして、イハナたちの方に向き直ると、そろってぺこりと頭を下げた。
「あ、あの、厚かましい申し出ではありますが……よければ、わたし達に料理の指導をしていただけませんか。お願いします」
『お願いします』
三人を代表してマカレナが言い、あとの二人も声をそろえる。
「し、指導なんてそんな―――」
「んー、うまくいかなかったらごめんだけど、それくらいお安い御用だよー」
尻ごみしかけるココハとは対照的に、イハナがあっさりと請け負った。
「い、イハナさん。そんな簡単に……」
「その、ココハさんは、いかがでしょうか……?」
「やっぱり魔法医さんに、ただでお願いとか、難しいんですか」
「んー、けど、うちびんぼー。あんましお金ない」
「うっ……」
純粋、かつ真剣な少女たち三対のまなざしを向けられて、それを無下にできるココハではなかった。
「そんな、お薬とかならともかく、料理のことでお金取ったりなんてできないよ」
「じゃあ……」
「うん。どこまで力になれるか分からないけど、できる限りで手伝わせて」
ココハの返事に、修道女たち三人はそろって歓声を上げた。
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