第5話 

「ありがとな。……大丈夫か?ハアハア言ってるけど」

「財布をはあ、はあ、落としたような気がして、全力で、はあ、はあ、走ったからかな」


  新妻の吐息が荒く、まるでエロ動画を見ているような錯覚に陥る。

 最悪だ、振られてすぐ新妻で興奮している。

 新妻の顔が火照って目がとろんとして、背の低い新妻の胸に目が行ってしまう。

 そして新妻の距離が近い。


「い、一旦座るか」

「うん、ごめんね、はあはあ言って、エッチな動画みたいだよね」


「ん?」

「え?」


 一瞬聞き違いかと思った。

 俺は立ったまま固まる。


『エッチな動画みたいだよね』

 自分の顔が熱くなるのを感じた。

 俺の顔は絶対赤くなっている。


 まずいまずい、睡眠不足と疲れで体がだるい。

 振られて心がさみしい。

 弱ったここで不意打ちのような言葉をかけられ、俺は動揺する。


「エッチな動画みたいだね?」


 聞き違いじゃなかった!?

 2回言った!なんで2回言った!?

 新妻が見上げるように俺の顔を覗き込んだ。 


「お?」

「お?」


 新妻のオウム返しで俺は笑った。

 そして新妻も笑う。


「鼻血か?」

「あ、トイレ借りるね」


 新妻がトイレに入っていった。

 俺は瞑想する。




 新妻が帰って来ると俺の隣に座った。

 腕に新妻の体が当たる。


「おわ!」


 俺の瞑想は強制終了を迎えた。

 ドキドキしっぱなしだ。


「新妻、何か飲むか?」


 新妻はテーブルの上に目を向けた。


 テーブルには飲みかけのコーヒー、そして食べかけのチャーハンとオムライス、そしてみそ汁とサラダがあった。

 全部中途半端に口を付けている。

 新しいメニューを注文してもらおう。


「イツキ君、ここにあるの、貰っていい?」

「食べかけだから、新しいのを頼むぞ。メニューは」

 

 新妻はメニューを受け取らず、そして答えずに手を動かした。

 俺に胸を寄せるように俺の飲みかけのコーヒーを飲んでいく。

 俺の口を付けた部分に間接キスをしつつ飲んでいく。


「……サヤって、苦い物は駄目じゃなかったかな?」


 ユウが観察するような目で言った。


「う、うん、でも、試してみたくて」


「あ、ごめんなさい。イツキ君の、全部飲んじゃった」

「いや、いい。財布のお礼だ。それにユウに奢られた物だ。新しいメニューをだな」


 新妻は食べかけのオムライスと食べかけのチャーハンに口を付けて食べていく。


「はむ、あむ、んあ、はあ、はあ、あふん」


 新妻は吐息を漏らしながら左手で上品に髪をかき上げ、顔を赤くしながら色気を振りまくように食事を続ける。

 ブレザーの下に着たワイシャツのボタンを2つ外し、手で顔を仰ぐしぐさが可愛い。

 新妻が俺に寄りかかるように胸が当ててくる。

 気にしたら駄目だ。

 俺の前にオムライスとチャーハンがあるからそうなるんだ。


 俺は新妻の前に無言でチャーハンとオムライスを寄せた。


「イツキ、お客さんが増えたから僕は店を手伝うよ」

「おう、俺も手伝」


 その瞬間に新妻が俺の右手を握った。

 俺は新妻を見るが、新妻の表情は変わらない。


「イツキ、今日は休もう」

「……悪い」

「帰ってもカップラーメンだよね?また何か食べ物と飲み物を持って来るよ。飲み物は何がいい?おごりだから遠慮はいらないよ」

「コーヒーを頼む」

「私はココアをお願いします」


 新妻はユウに敬語で言った。

 少し距離を取っているように感じる。


 ユウが店の奥に歩いていき、2人だけになると新妻が言った。


「連絡先、交換しよ」

「いいけど、男でも大丈夫なのか?」

「大丈夫、IDを教えて」


「QRコードで良いか?」


 新妻はテーブルの下でQRコードを表示させる。


「読み取って」

「お、おう」


 ただ連絡先を交換するだけの行為。

 だが、2人で隠れていけない事をしているようなドキドキ感がある。

 いや、意識しているのは俺だけだろう。

 連絡先交換が終わると新妻からメッセージがあった。


 何故か桃と2つのメロン画像だった。

 果物が好きなのか?

 俺は胸と尻を連想してしまった。

 こういう連想は良くない。


「初めてのメッセージ、出来たね」


 俺のスマホを見て笑う。


「うん、確認ヨシ!」

「そうだな」

「ねえ」


 新妻が少し腰を浮かせて耳元でささやく。


「位置共有のアプリも教えて」


 新妻の声で更に体が熱くなった。

 まずい、疲れで、自分を押さえられなくなってくる。

 俺は深呼吸した。


「ダメ?」

「い、いや。しよう」


 その後は記憶が少し曖昧だ。

 

 位置共有アプリでお互いの位置を共有して、ユウが持ってきた納豆ご飯と焼き鮭、みそ汁とオクラのあえ物を食べて、砂糖も入れずにコーヒーを飲んで何か話をしつつ店を出たと思う。

 細かい事は覚えていない。

 

 新妻の言っている事がエロく聞こえてしまう。

 俺は疲れているんだ。

 

 唯一覚えているのは、新妻が俺の右手をずっと握っていた事、それだけは覚えている。

 俺は1人で家に歩いていく。





【サヤ視点】


 店を出るとイツキ君の背中を見送る。

 イツキ君のコーヒー、イツキ君のオムライス、イツキ君のチャーハン、美味しかったなあ。

 イツキ君が口を付けた部分を舐めたくなるが我慢した。


 連絡先も、位置も、交換出来た。


 ああ、イツキ君の位置が、見える。

 私はうっとりとスマホを見つめ、唇を手でなぞった。

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