第26話 リレー

 うち、立花梨花は、本来出るはずだったリレーに出られず、体育座りで観戦場所からリレーを見ている。


 一年生たちががむしゃらに走り、次の人へとバトンを繋いでいる。


 ……出たかったなぁ。


 でも全道大会には間に合いそうだし、悔しいけどここは耐えなきゃ……。


 ていうか……全校生徒の前で堂々と白川さんは悠のことが好きだって言った。

 で、でも大丈夫だよね。

 悠があの子のこと好きになるわけ……。


 前までは迷うことなんてなかったはずなのに、今はそれに自信が持てない。


 そんなことを考えているうちに、一年生のリレーは終了していた。


「梨花ちゃん。一緒に応援しよ!」


 クラスメイトの子が声をかけてくれた。


 確かにそうだ。

 選手としては出られないけど、応援だけでも……。


「うん!」


 うちは立ち上がってトラック全体がよく見える場所に並んだ。

 目の前はスタート位置でありゴール位置でもある。


 間もなく二年生のリレーが始まりそうだ。


 案の定1走は全員男子だった。

 スタート位置に着くと、足首を回したり腕を回したりとそれぞれ独自のやり方で体を温めていた。


 それにしても悠のやつ、あんなに自信ありげに勝つとか言ってたけど、一体どんな策があるっていうのかしら。


「それでは二年生のリレーを始めたいと思います」


 とうとう始まる。


「位置について」


 体育委員の合図で、皆スタートの態勢をとる。


 そして、ピストルの音によって皆勢いよく走り出した。


 1人約150メートルを走る。


 1走目の段階では、ほとんど差は無い。

 ほぼ同時といったかたちで、皆バトンパスのエリアに走りこんでいく。


 そして、1組の1走と2走のバトンパスは、うちがよく部活で目にするそれと遜色ないものだった。


 他のクラスも同様のバトンパスを試みていたがそこまでスムーズに行かず、1組は先頭についた。


「まさか……」


 ☆


 目の前で2走の6人全員が、後ろを振り返らず走ってくる仲間を信じて飛び出している。

 

「はいっ!」


 皆同じ合図でバトンを渡そうとしている。

 しかし上手くいっていないところがほとんどだ。ただ一クラスを除いては。


 俺たち1組のバトンのみ1走から2走へとスムーズに渡り、一気にトップへと昇り詰めた。


「おぉ! いけいけぇ!」


 横にいる翔太のテンションが上がっている。


 どうだ。

 見ているか、梨花。

 お前が伝授してくれたバトンパスを、リレーメンバー全員が完璧に出来るまで練習したぞ。


 話は月曜の夕方。

 梨花の事故の報告を受け、病院に駆け付けたところに戻る。


 ☆


「なあ翔太。ちょっといいか」


「な、なんだよ」


「話したいことがある。ついて来てくれ」


「わ、わかった」


 梨花に聞かれたら意味がないように思ったので、一旦翔太を病院の外へと誘う。


「それで……話って?」


 外の入り口で立ち止まり、俺は思いついたことを話す。


「梨花は体育祭に出られない。そしておそらく、梨花がいなければリレーで勝つことはできない」


「そ、それがどうしたんだよ」


「だから、本来俺たち四人だけがやるはずだったバトンパスをクラスのリレーメンバー全員に教えよう」


「はぁ!? それならもっと早くからやらないと無理だろ。リレーは今週の金曜日だぞ」


「分かってる。でもこのままなら負けるのは明白だ。うちには梨花以外に陸上部短距離もいないしな。低い確率を少しでも大きくするなら、バトンパスを仕上げるしかない」


 翔太は迷っているようだった。


「それに、あいつが初めて俺にバトンパスの練習をしようと言ってきたときの表情を思い出せばわかる。俺たちとは比にならないくらい体育祭を楽しみにしていたということを」


「わ、わかった。そうしよう。でもどうするんだ」


「生憎俺には人脈というものがほぼゼロだ。だから、お前と白川の協力を経て、明日と明後日の放課後にどこかでバトンパスの練習をすることを伝えてほしい」


「了解。それで梨花の代わりのメンバーはどうするんだ?」


「明日学校で霧島先生に聞いて体育の結果を見せてもらう予定だ。その人の名前を白川にでも教えて走ってもらうさ」


「そうか。でもせっかくやるならこれ以上ないってくらいまで完璧に仕上げるぞ」


「ああ。あと一つ頼みたいんだが、これはお前と白川で企てたことにしてくれ」


「いいのか」


「ああ」


 そうして、体育祭までの二日間。

 俺たちは梨花にばれないように、全員が集まりやすい少し大きめの公園で、バトンパスの練習をした。

 幸いなことに、メンバーの中に陸上をやってる弟がいたこともあり、バトンの供給には困らなかった。


 ☆


 2走から3走にバトンが渡る。

 ただ走っている時は後ろから他クラスが徐々に追い詰めてくるが、バトンパスで再び差が開くといったことの繰り返しで、今のところ順調だ。


 5走まで一位でバトンが渡る。

 1組はここが女子だ。

 本来なら梨花が走るはずだったとこだ。


 他クラスも5走へとバトンを渡していく。

 最悪なことに、1組以外は全員が男子であった。


 開いていた差が徐々に狭まっていく。


「あとちょっとだぁ!」


 次は6走。

 翔太はラインの上に立ち、走ってくる女子を応援する。


 そしてほぼ全クラスが同着で、6走にバトンが渡った。

 6走は半分が男子、もう半分は女子だった。


 翔太は負けじと他の男子に食らいつく。


 前方では男子3人が争い、少し後ろで女子3人が争っているといったかたちだ。


 そして、男子3人の中で翔太は2位という順位で、白川にバトンを繋いだ。

 

 俺もライン上に並ぶ。


「おや。吉田ではないか」


 声のした方を見る。


「確かお前は……陸上部長距離の」


「ライバルの顔をちゃんと覚えていないとは……まあいい。ここでぼっこぼこにして、いやでも脳裏に刻ませてやる」


「そうか。それは楽しみだ」


 以前初めて梨花たちとバトンパスの練習を行った際に会ったあいつだった。

 やはりこいつは3組だったのか。

 

 シチュエーションを大事にすると梨花が言っていたが、改めてそれを感じた。

 俺と仲良くなれそうな気がしたのは気のせいだろうか。


「おやおや。俺のクラスは2位になってしまったようだ」


 俺も走っている人たちに再度注目する。

 初めは2位だった白川は、3組の女子を抜き1位に躍り出ていた。

 そしてさらに差をつけ始める。


 そして俺の元まであと50メートルくらいになった。


 よし……来い。


 しかし、白川は足元にあった石につまづきバランスを崩してしまう。

 そして態勢を立て直せず、その場で転倒してしまった。


 開いていた差が一気に狭まり始める。


「君と勝負することはできなそうだな」


 白川はなんとか立ち上がろうと努力している。


 ああ。なんだろう。

 この得体のしれない感情は……今までの俺なら、他人の勝利を願ったり、誰かのために動いたりとか無かったはずなのに、最近の俺は少し違う。


 梨花のためにバトンパスを仕上げようとかも今までなら言わなかったはずだ。

 お前の影響なのだろうか。


 早く立ち上がって俺を目掛けて走れと、心の中で思う。


「立てぇ! 白川ぁ!」


 気づけば、これまで生きてきて一番と思うくらいの声量で叫んでいた。


 俺の声に気づき、白川は立ち上がった。

 そして止まっていた足を動かし、俺の方へと走ってくる。


「ちょ、お前」


 陸上部長距離は驚いている。しかもキャラも崩れている様だ。


「お前と勝負するためさ」


「はっ! おもしれえこと言うじゃねえか」


 白川が俺の間合いに入り、俺は視線を前方へと移す。

 陸上部長距離とほぼ同時に、俺はバトンを受け取りゴール目指して走り出す。


「いけぇ! 吉田君!」


 後ろからそう聞こえた気がした。


 そこからはただ全力で体を動かした。

 人間はパワーを数十パーセントしか解放していないと聞くが、この時は全開放できてんじゃねと思うほどだ。


 そして視界の先にゴールラインが見える。


「いけぇ! 悠!」


「頑張れぇ!」


 そうか。ここは二年生の観戦場所。

 俺の名前を読んで応援している人もいる。多分翔太だろう。

 だからこそなおさら負けられない。


 そして最後の踏ん張りを入れる。


 ほぼ同時に、1組と3組はゴールした。

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