第25話 好きな人

 皆お題の前から動けず、1分近くが経過しそうになった。


 白川は迷っているようだった。


 ちなみに俺の心臓はばっくばっくだ。

 表情はポーカーフェイスだが、実際はめっちゃ緊張している。

 頼むからそのまま動かないでくれと願っている。


 しかし俺の望みは叶いそうになかった。


 白川は紙をテーブルに置き、動き出した。


「おっと! 最初に動いたのは一組だ!」


 白川に続いて他のクラスも動き出す。

 でもそんなのはどうでもいい。

 

 今白川と俺は、まあまあ距離があるが完全に目が合っている。


「一組! お題は好きな人! 一体どこへ行くんだぁ!?」


 解説者も他の人はどうでもいいといった様子で白川の行動を追いかけている。


 そして案の定、白川は俺の前にやってきた。


 極限まで盛り上がっていたグラウンドが、さらに熱を増す。


「行こ。吉田君」


 そう言って白川は俺の手首当たりを掴み、ゴールへと向かった。

 周囲の視線が全て俺たちに向かっている気がした。

 そして色々な声も聞こえる。

 

 うるさすぎて何を言っているのかまでは分からないが、多分これだろう。


 なんであいつみたいなやつが……おそらくこれしかない。


 その後白川は一位でゴールした。

 もちろん横には俺がいる。


「一位は一番難しかったお題を引いた一組だぁ!」


 改めて周知の事実を、解説の女は大きな声で言った。


「すいません。ちょっとマイク借りてもいいですか?」


「はいどうぞ」


 白川はその女からマイクを借りた。


「えっと。私は彼のことが好きです……でも付き合ってるわけでもなく、私の一方的な恋心です。だから……」


 俺は額から汗が出てきていることに気づいた。

 はやくこの状況から俺を解放してくれ。


「彼になんか聞いたりとか、そういうのは絶対やめてください。お願いします」


 白川はそう言って一礼し、マイクを主へ返した。


「どうやら彼には関わるなとのことだぁ! てめえらぁ! 彼女の言うことは守れよなぁ!」


「おお!」


 関わるなは若干違う気がしたが、後押ししてくれたのは感謝しておくことにする。


「ごめんね。こんなことになって」

 

 隣にいた白川が謝ってきた。


「いや、しょうがない。これは勝負だからな」


 一見するとこれはただの公開処刑のように見えるが、実際こいつはクラスの勝ちのために頑張っただけだ。

 その結果自分の好きな人がおおやけになっただけだ。


 シンプルに学校でめちゃくちゃモテる人間が、モテない人間を好きだと言うなんて普通はできないだろう。

 でもこいつはそれをやってみせた。


 だから俺はこいつを責めたりはしない。


 その後、同組でゴールした人はいなく、このラウンドは白川のみに点が入るという結果になった。


 俺たちは自分のクラスの場所へと戻った。


「お、お疲れ茜ちゃん」


 明らかに先ほどまでと様子が違う。

 でも白川の要望通り、先のことについては誰も聞いてくる気配はなかった。


「お疲れさん! 悠」


 翔太は俺の肩に手をかけながら喋りかけてきた。

 こいつはいつもと全く変わらないといった様子だ。


「ああ」


 俺たちはその場に座り、引き続き他の組の結果を見ることにした。

 

 その後二年生の借り物競争が終了し結果は、俺たち一組は五位という結果になった。

 白川の活躍むなしく後の二人がどちらともゴールできずといったかたちになってしまったのだ。


 そして三年生の借り物競争も終了し、現時点での学年ごとのクラス順位が発表される。


「では最後の種目、リレーに写る前に学年ごとのクラス順位を発表したいと思います。まず一年生――」


 最初は一年生からだった。

 

 司会の横では、ホールにあった結果表を体育委員が二人がかりで360度回転させながら全校生徒に見えるよう回転させていた。


「次に二年生。一位は二組と三組。点数30点」


 自分のクラスの順位を聞いた二組と三組は盛り上がる。


「三位は一組。点数は29点」


「あっぶねぇ!」


 横で同じく結果を聞いていた翔太は安堵しているようだった。

 でもその通りだ。


 一位ではないが、点差は一点。

 つまり次のリレーで一位を取れば確実に優勝できる。


「四位は四組。点数は27点」


 逆に点差が2点以上になってしまうと、リレーで一位になっても確実に優勝できるとは限らない。

 俺たち一組と二組、そして三組以外は自分たちの結果だけでなく、他クラスの順位も気にしなければリレーで勝っても優勝できないということになる。


 その後五位は五組と六組が同率で、点数は26点という結果だった。


 つまり可能性的にはどのクラスにもまだ優勝のチャンスはあるということだ。


「――以上が二年生の現時点での順位となります。次は――」


 次に三年生の順位が発表され、いよいよ最終種目であるリレーの準備が開始された。


「では最終種目であるリレーを行いたいと思います。出場する方は指定の場所に集まってください」


 そうして、1走3走5走7走と書かれたパネルを持った体育委員が、俺たちの目の前で位置を知らせていた。


 逆に反対側では2走4走6走8走と書かれたパネルを持った体育委員が、上記の人はここですと言わんばかりに待機していた。


「よし。じゃあ行くか!」


 翔太は自身の待機場所である5走のところへ向かおうとする。


「円陣組んでおかないか?」


 1走を走る男子が、円陣を組もうと提案してくる。


「そうだな! やっとくか!」


 動いていた足を止めて、翔太はその案にのる。


 俺たち8人は円陣を組んだ。

 左には翔太、右には白川がいる。

 本来いるはずだった梨花はいない。


「じゃあ翔太、一発頼むわ」


 今度は4走の男子が翔太に言った。


「お、おう」


 少々の間が空く。


「よし。エースである梨花が欠けてしまったけど、俺たちは必ず勝つ! 行くぞぉ!」


「おぉぉぉ!」


 翔太の一言に続き、俺たちは一斉に吠えた。

 気合は十分だ。あとは……。


 皆の二か所の集合場所へと別れて走っていった。


「頑張ろうね! 吉田君!」


「ああ」


 白川は最後に俺に声をかけ、目の前の集合場所に走って行った。


「俺たちもいくか」


 翔太が一緒に行こうと言ってくる。


「先に行っててくれ。すぐ行くから」


「そ、そうか。分かった」


 そうして俺以外のリレーメンバーは行ってしまった。


 俺はその前に、一人の女子の元へと立ち寄る。


「どうだ。調子は」


 相手は梨花だ。


「どうって、わかってるでしょ」


「それもそうだな。でも安心しろ。俺は一位でこのフィニッシュラインを駆け抜ける」


 目の前のラインを指さしながら俺は言った。


「なにそれ。何かの主人公みたいな言い方。まぁ頑張って」


 明らかに気持ちの籠ってない言い方で俺は応援された。


「ああ」


 用を済ませた俺は、翔太たちの待機している遠くの待機場所へと向かった。


「きたきた。てか梨花と話してたみたいだけど、あのこと言ったのか?」


 待機場所に到着するや否や、翔太からそう聞かれた。


「いや、言ってない。ただ見とけとだけ伝えた」


「そ、そうか。なんかかっけえな」


「ありがとう」


 そうして俺たちはかがんで出番を待つことにした。

 ここには、1組のリレーメンバーは女子が一人男子が俺と翔太含め三人待機している。

 1走を男子にして、アンカーも男子にするとなると、どこかで女子が連続にならないといけないが、俺たちはそれを2走と3走にした。


「失敗したらごめんね」


 その女子が俺たちに保険をかけてきた。


「大丈夫だ。恐れないで思い切り走れ!」


 不安がっているその子に、翔太は優しく言葉をかける。


「ありがとう!」


「では全員揃ったようなのでこれよりリレーを始めようと思います。まず一年生の2走の人はでてきてください」


 そうして俺たちより前側で待機していた一年生たちは白いラインの手前に立った。


「ルールはこのラインからあそこのラインの間でバトンパスを終えること。その他には特に細かいルールはありません」


 バトンパスのできる区間は約20メートルくらいだ。

 それを超えたり、逆に手前でバトンパスをしたからって失格とかはないようだが、やらないようにとのことらしい。


 体育祭なだけあって、そこまではシビアじゃないらしい。


 反対のスタート位置では既に1走目の人たちが、バトンパン片手にスタートの合図を待っていた。


 そして程なくして、開始のピストルが鳴らされた。




 

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