第17話 バトンパス

「リレーメンバーの走順と借り物競争にでる順番は、来週の水曜までに決めて私に知らせてください」


 確かに……リレーメンバーに選ばれたからって、それで終わりではない。

 何番目を走るかというのも重要だ。


 一旦種目決めのみを終え、ホームルーム後は解散していいというかたちになった。

 用のない生徒は着々と帰り始める。


 俺も帰ろうと思ったんだが……。


「なあ! リレーの走順今のうちに決めちゃわねぇ?」


 俺の後ろの奴が大声で言いやがった。


 期限まで余裕あるんだから、来週のどこか、学校の時間に決めればいいのに……。


 賛成といった様子で男女8人が俺の周囲に集まった。


「じゃあ早速、何番目走りたいとかある人いるか?」


「ちょっといい?」


「おう梨花。意見があるならぜひ頼む」


 何か案があるといった様子で梨花が口を開く。


「多分だけど、スタートは男子の方がいいと思う。最初から差をつけられたらメンタル的にきついからね。だから他のクラスは男子を組み込んでくると思う。逆にアンカーも重要な役、こっちも男子の方がいいかも……」


「そうだなぁ」


 翔太は何やら考え込んでいる様子だ。


「じゃあ俺最初走るよ」


 一番を志願したのは……名前なんだっけ、この人。

 同じクラスとしか……。


「わかった! じゃあ最初は頼む」

 

 そう言って翔太はノートの1ページを破り取り、その人の苗字を書く。

 竹内……というのか。


「じゃあ次私走ろうかな」


「おっけー」


 そうして最初の4人が決まった。

 ……残った4人は俺を含め男女それぞれのツートップだ。


 俺と翔太、白川と梨花。


「じゃあうちは5番目で」


「おうよ。なら俺はその次だな」


 おいおい。

 この流れって……。


「白川7番目でいいか?」


「うん。大丈夫だよ」


「おっけー。じゃあアンカーは悠ってことで」


 そして翔太は白川と書いた後、アンカーの横に俺の苗字を書きやがった。

 俺に選ぶ権利ないのかよ……まあ変に否定してもな。

 最強主人公なのだからどうなっても受け入れ最高の結果を残さなければならない。


「じゃあ出してくるわ」


 そう言って翔太は、まだ教室に残っていた体育委員に走順の記載された紙を渡しに行った。


 ☆


 体育祭の種目及びリレーの走順決めが終わり土日を迎え、何事もなく新たな週を迎える……はずだった。


 日曜日の朝。

 貴重な休日だ。

 いつものようにスマホが起きろ起きろとせかしてくることもない。


 目が覚めてしまったので一度枕もとのスマホを手に取り、時間を確認する。


 8時10分……。

 まだ全然眠いので、閉じようとする瞼に抗わずにそのまま二度寝をかまそうとした。

 昼前くらいまで寝ていようと思ったのに……それは突然やってきた。


 がちゃんと俺の部屋のドアが開く。


「ちょっと悠! 今すぐ起きなさい!」


 なんだと思い、体を起こして眠たい眼をこすり、誰が来たのか確認する。


 ……梨花だった。

 しかも服装は運動部が着るようなジャージ姿だった。


「ちょお前何してんだ」


 普通の喋り方で聞いてしまった。


「緊急事態よ」


「というと?」


「どうやら他のクラスのリレーメンバーがね。陸上部の人中心にバトンパスの練習をしているらしいの。だからうちらもやるべきと思って……」


「そんなの来週とかでもいいじゃないか。まだ時間はあるんだ。そんなことより高校生の貴重な休日を邪魔するな」


 そう言って俺は再び布団をかぶって睡眠体勢に入る。


 昔から勝負となると異常に気合いが入るのがこの女、梨花である。


 確かにバトンパスは肝心だ。

 それくらい陸上未経験の俺でもわかる。

 オリンピックとかを見ていると、それで勝敗が別れることなんてざらにある。


 でも俺たちが走るのは高校生の体育祭だぞ。

 まあ百歩譲ってそこは関係ないとしよう。


 どう考えても休日にいきなり来るなんてあり得るか?

 しかも朝だぞ。

 俺の感性が間違っているのかと疑うほどだ。


「ちょっと起きなさいよ!」


 俺の身を包んでいた布団が離れていく。


「わかったわかった。練習することには賛成だ。でも時間はまだあるんだ。明日以降でもいいじゃないか」


「いやだめよ。早急に対応しないと……」


 ここで反対してもおそらく意味がない。

 それは幼馴染であるからよくわかる。


「はい分かりました。準備するので出ててもらっていいですか」


「はやくしなさい」


 そうして梨花は一度俺の部屋を出た。

 まったく、体育祭までまだ2週間弱あるんだぞ。


 先が思いやられる。

 持っていた数少ないジャージを着て、俺は部屋を後にする。


「それで、どこで練習するんだ。あと他のメンツはどうした」


 家を後にした俺たちは、高校へと続く道を歩いていた。


「場所は高校のグラウンドでいいかなって思ってる。今日は陸部の練習もないし、いつもうちらが使ってる場所を使おうかなって」


「そうか。なら問題ないな。それで他のメンツは」


「他の人にはまだ連絡してない」


「は?」


「うるさいな。とりあえず今から電話しようかなって」


 俺は特に用事とかあったわけではないし、一応幼馴染という関係があるからこうしてついて来ているが、他の人は違うだろう。


「いや。それはやめておけ」


「はぁ? それじゃ意味ないじゃん」


「とりあえず今日は後半4人のみにしておこう」


「なんでよ」


「この4人ならある程度仲が良いというか……まあそんなかんじだ。だから一旦今日はそれだけにしておいた方がいいと思うぞ」


「まあ、分からないでもないわね。前半4人はそこまで関わりないし……休日に呼ぶってのもね」


 その考えの中になんで俺は入っていないんだという突っ込みはしないことにする。


「とりあえず翔太を迎えに行けばいいんじゃないか」


「そうね」


 まだ翔太の家からそう遠くない場所にいる。

 高校までの道とは逆方向になるが、俺たちは翔太の家に向かうことにした。


「白川さんのことはあんたが呼んでくれるのよね?」


 翔太の家に向かう際中、梨花が聞いてきた。


「そうだな」


「あんたのことが好きなら一瞬で来るんでしょうね」


「そういう言い方はやめろ」


「はいはい」


 確かに俺が連絡するべきだろうな。


 以前あいつの家に行ったとき、確かバスに乗った。

 高校に来るなら同じようにバスを使うはずだ。


 早めに連絡した方がいいと思い、LIMEでメッセージを送る。


『すまない休日に。さっき梨花の提案で今から高校のグラウンドでバトンパスの練習をするらしい。とりあえず今日は後半4人の練習をするそうだ。今から来てもらえるか?』


 地味に長い長文を送った。

 数秒後、既読がついた。


『なるほどね。でも休日だしなぁ。吉田君が来てほしいなら行ってあげる!』


 そう来たか。

 でもこいつがいないと二人の練習にしかならないので、俺は迷うことなく返信する。


『来てほしい』


『了解!』


 一瞬だったな。


「どう? 来れそうなの?」


 横を歩いていた梨花が聞いてきた。


「ああ。大丈夫とのことだ」


「そう」


 間もなく翔太の家に到着した。


 玄関に行き、インターホンを押す。


『はいーって……悠と梨花じゃねえか』


 声の主は翔太だった。

 あいつも起きているのか。

 もしかして意外と高校生って休日でも早起きしてるのか?


 結論付けるにはデータが足りないので、あくまで予想のうちに留めておく。


「バトンパスの練習するからはやく来なさい」


 横にいた梨花がそう伝えた。

 ていうか説明雑すぎだろ。


『お、おう。ちょっと待っててくれ』


 どうやら来てくれるらしい。

 

 数分後、玄関の戸が開き翔太が出てきた。

 長袖ジャージに短パン、いかにも運動しやすそうな格好だ。


「すまん待たせて。じゃあ行くか」


 謝るのは俺らの方な気がするけどな。


 俺と梨花は特に何も言わず、3人で学校に向かった。


 数十分後。

 俺たちは学校のグラウンドに到着した。


 時刻は9時を少し過ぎたあたり。

 既に部活動をやっている人たちは活動を始めていた。

 休日の朝から練習なんて……俺の生活では考えられないな。


 グラウンドは基本的に野球部とサッカー部、陸上部が使用することが多い。


 今日はそのうちの二つが練習を行っていると思っていた。

 だが陸上部と思われる人たちが数人、いつもの場所で練習をしていた。


「陸上部は休みと聞いていたが……」


 隣にいる梨花に聞いてみた。


「ああ。うちの部は練習なくても自主練可になってるのよね。多分練習してるのは全道組かな」


「なるほどな。そういうお前も全道にでるんだろ」


「うちは練習日にしっかりやってるから。オンオフの切り替えが大事なのよ」


 あっちで練習している同士たちに失礼なような気もするけど……確かにオンオフの切り替えは大事だな。


「部員がいるのに、俺たちのような部外者も使っていいのか?」


 梨花とは反対にいた翔太が質問を投げる。


「そこはグレーゾーンってかんじだけど、自主練のときは顧問もいないし、邪魔にならなければ大丈夫よ。ほら行くわよ」


 そうして梨花が先陣を切りグラウンドに踏み込んでいった。

 同時にLIMEよりメッセージが届く。


『ごめん。もう着いてる? ちょっと遅れそう』


『ゆっくりで構わない』


 そう白川に返信して、俺も後に続いた。


「おぉ梨花。珍しく自主練か? てかその二人は?」


 陸上部の練習場所に着くや否や、ハードルを使って股関節のストレッチをしている男が梨花に声をかけてきた。

 短髪で身長は俺と同等。顔は……まあまあか。


「体育祭のバトンパスの練習をしに来ただけ。この二人はうちのクラスのリレーメンバーよ」


「そっか。梨花たちのクラスもバトンパス練習するのか」


「当り前よ。昨日煽ってきたのあんたでしょ」


「まあなぁ。今年の俺たちのクラスは俺含め、陸上部が4人。しかも短距離選手が2人もいるんだぜ。完璧なバトンパスができるようになれば俺たちの勝ちは固いからな」


 なるほど。

 昨日こいつはクラスの連中とバトンパスの練習をして、それを梨花にLIMEかなんかで煽りを含んだ言い方付きで伝えたということだろう。


 お前がいなければ俺は今頃自分のベッドにいたというのに……。


「そうかもね。でもあんたのクラスを負かすとしたら、多分うちらのクラスよ」


「ほう。臨むところだぜ。ちなみに俺はアンカーになった。そっちは誰がやるんだ?」


「手のうちは当日まで見せないわよ」


「そうですかい。まあ梨花のクラスは陸上部短距離お前しかいないからな」


「アンカーは俺だ」


 俺は梨花の後ろから横に移動し、この男の目の前に立った。

 男はストレッチを止め、俺と視線を合わせる。


 横からはあんた何ネタバレしてんだよといった視線を感じる。


「お前は確か……成績優秀な吉田だったっけ?」


「そうだ」


「おう。本番はよろしくな。俺の圧倒的な走りの前にひれ伏すがいいさ」


「楽しみにしてる」


「ほらほら早くいくよ」


 そう言って梨花に腕を引っ張られ、陸上部が使っていないところまで向かった。


「てか今のやつ。普段からあんなキャラなのか?」


 翔太が俺も気になっていたことを梨花に聞いた。


「いえ。彼はこれと同じアニオタでね。たまにスイッチが入っちゃうときがあって……特に勝負事になるとシチュエーションとやらを大事にしたいらしいの」


「なるほどな。要するに悠と同類ってことか」


 翔太は壺にはまったのか、ものすごい笑っている。

 でも確かに、俺が自らアンカーと言ったのも、同じようなことからだからな。


「ちなみにあいつは短距離選手なのか」


 今度は俺が梨花に聞く。


「いや、彼は長距離。でも短距離は体育のあんたと同じくらいよ」


「なるほどな」


 てことは先にバトンを受け取った方が勝つ確率が高いということだな。


「それより白川さんはまだなの?」


「ああ。少し送れるそうだ」


「そう。なら体動かして待ってよっと」


 そう言って梨花はランニングを始めた。

 

「俺たちも体動かしとこうぜ」


「ああ」


 翔太と一緒に体を動かして待つことにする。


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