第11話 夜景
約2時間後。
映画が終了した。
闇に包まれていた場内に明かりが灯る。
「いやぁ。面白かったね! 吉田君って、えぇ!?」
白川は涙目で喋りかけてきた。
「あ、ああ。そうだな」
白川が驚いたのも無理はないだろう。
なんと、普段はポーカーフェイスである俺の顔……その一部である目から涙というものが出てしまっていたからだ。
「ま、まさか。吉田君の涙腺を破壊するなんて……でも確かに、めっちゃ感動したもんね」
「その通りだ」
確かにこいつの言う通りだ。
今回の映画のテレビアニメ版が終了した地点で何となくは察していたが、その予想通りラストはメインヒロインが死ぬという結末を迎えたのだった。
あれは……反則だろ。泣かない奴いないんじゃねってレベルだからな。
既に他の客も大半が泣いているではないか。
そんなこんなで俺たちは映画館を後にした。
ちなみにポップコーンは食べきれるわけもなく、白川にあげた。頑張ってコーラは飲み切っただけ自分を賞賛したいものだな。
そして札駅の外へとやってきた。
「どうする? 今日は解散にするか?」
珍しく俺からこれからの動きを聞いた。
実際、普段動かないことが多い俺にとって、今日はもう十分と言えるほど歩いた。
疲れた。正直帰りたい。
「吉田君はどうしたい?」
いかにも俺の口から聞きたいといった様子で白川は問い返してきた。
こういうものは先行が有利なものではないのか。
「まあ。まだ17時過ぎだしな。お前が行きたいところがあるなら、付き合ってもいいが……」
何故か断れずそんな言い方をしてしまった。
「そう? ならアニメイツ行こうよ!」
アニメイツ……というのは一言で言うならば、オタクの聖地とでも言えばよいのだろうか。
青色のローマ字の看板が特徴的であり、アニメ・コミック・ゲーム関連商品の販売チェーン店の一つである。
全国いたるところにフランチャイズ展開しており、それはこの札幌も例外ではない。
「わかった。でもここから少し距離があるが、地下鉄を使うか?」
アニメイツは札幌駅から地味に遠くにある大通り公園を超えたところに位置している。
大体一駅分といったところだろうか。
歩きでも全然いけるのだが、少し遠い。
「そうだなぁ。歩いて行ってもいいんじゃない? 一駅しか乗らないのに、お金もったないよ」
「そうか。了解だ」
「よし。じゃあ行こう!」
そう言って白川は元気よく歩き出す。
全く、こいつは疲労というものを感じないのだろうか。
そんなことを思いながら、俺も白川の後に続く。
俺の下半身が筋肉痛に苛まれている事は言うまでもない。
約20分……30分くらいが経過しただろうか。
俺たちはアニメイツの目の前へと到着していた。
「ふぅ。やっと着いたね」
「ああ」
俺は若干息切れをしながら返答する。
「ちょ、ちょっと私の歩く速度速すぎたかな? ごめんね」
「いや問題ない。中に入ろう」
女子に身体能力面で敗北し、謝られるなんて……最強主人公の名が廃ってしまうではないか。
白川は何かスポーツでもやっていたのだろうか。
そんなことを考えながら俺が先に入る。
「お、今日の映画のグッズだぁ!」
店内に入るや否や、白川は今日見た映画のグッズが並んでいるコーナーへと歩いて行った。
そんな白川を見届けた俺が最初に向かったところも……同じだった。
やはり映画とかテレビアニメを観た後は、その作品への熱が一時的に上昇しているからか……普段なら買わないようなグッズとかに手を出してしまう。
これはオタクなら共感してくれる人が多いはずだ。
既にこのコーナーだけで、俺は二つのグッズ……アクリルスタンドとクリアファイルを手に取ってしまっている。
一方白川はというと……なんとクリアファイルを主要キャラ全員分、加えてランダムに数種類の缶バッジが入っている箱を持っていた。
まさかここで大人買いというものを見ることになるとは……。
もちろん他のコーナーにも寄る。
俺が次に行ったのはラノベコーナーだ。
続編の確認、面白そうな新作の確認をするためだ。
目に留まった表紙のラノベを手に取って、裏表紙のあらすじを確認する。
何度かそれを繰り返し、面白そうと思った数冊を買うことにした。
その後も他のアニメ作品などのグッズを観に行き、ある程度見終わった俺はレジへと向かい、会計を済ませて出口で白川を待っていた。
暇なのでスマホを開くと、二件のメッセージが届いていた。
一つは白川からだった。もう少し待っててというものだった。
これは問題ない。
しかしもう一方のメールは――。
『〇ね』
無論相手は梨花だ。
たかが二文字だけなのに、とてつもない怒りを感じる。
なぜそこまで怒るのかは分からないが……。
だがこんなことに臆するわけにもいかない。
俺は「いやだ」と三文字だけ打って、それを送信した。
通知は切った状態のままにしておく。
そしてスマホはポケットにしまった。
「ごめん。お待たせぇ」
同時に白川が、先ほどまではなかった大きなレジ袋を抱えながら店の奥からやってきた。
「散財だな」
「テンション上がりすぎて買いすぎちゃったよ」
「次はどうするんだ?」
何を買ったのか、少し気になったが……聞いたらきりがなさそうなので止める。
「今何時だっけ?」
俺は再びスマホを取り出し、現時刻を確認する。
「18時過ぎだな」
「お!? じゃあ夕食べていかない?」
13時くらいに昼食を食べ、映画鑑賞中は俺のポップコーンまで食べたのに、このタイミングで夕食とは……一体こいつの胃のキャパはどうなっているのだろうか。
「わかった。どこにする?」
また食べるのか?
なんて女子に聞くことが失礼なのは流石に俺でも知っている。
幸い、ポップコーンを食べてもらったことで胃に若干の余裕は出来ていた。
「どうしよう。何か食べたいものある?」
「昼は俺の要望が通った。今度はお前が決めていいぞ」
特にこれというものはなかったのでそう返す。
「じゃあ、ピザにしよう!」
「わかった」
「ついてきて!」
そうして白川は店は決めってるかのように歩き出した。
10分も経たないくらいで、大通りに面しているピザ屋に着いた。
白川が先導するかたちで店内へと入る。
内装は少し高級そうなレストランといったかたちだ。照明もそこまで明るくなっておらず、暗めである。
それに俺たちみたいな、いかにも高校生のような客はいない。皆そこそこ大人にみえる。
「いらっしゃいませ」
店員と思わしき男性が声をかけてきた。
「18時半に予約していた白川です」
「白川さまですね。ご案内します」
このとき俺は衝撃を受けた。
白川の予約時間通りにここに来れたこと……である。
そもそも白川が予約していたことを俺は知らない。
俺たちは窓側の席へと案内された。
大通り公園がよく見える。
「こちらメニュー表になります。注文がお決まりになりましたらお呼びくださいませ」
そう言って店員は一礼し、入口付近へと戻っていった。
白川はメニューを見始める。
「な、なあ白川」
「何?」
「お前は未来予知でも出来るのか?」
「よく気づいたね」
白川は俺の質問の意図が分かっているかのように答えた。
「冗談だよ。映画観た後、アニメイツまで歩いて行ってそこで買い物したら大体これくらいかなで予約したんだ」
苦笑しながら白川は言った。
いや、実際こうして来れたからいいものの、間に合わなかったりしたら店側に迷惑がかかってしまう。
まあ、結果オーライとしておこう。
――というよりも、アニメイツに行くことは予定済みだったんだな。
「吉田君どれにする?」
そう言ってメニュー表を見せられた。
「そうだな。じゃあこの――」
数分後。
「お待たせいたしました。こちら――」
俺たちの注文したピザが届いた。
白川が言うには、この店のピザはとても人気で予約しないと食べられないらしい。
俺たちが座ったとき、他の席は空いていたがどれも予約した客しか座らなかった。
それだけ美味い分、値段も張るが……。
「ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
目の前には一人では食べきれなそうな大きさのピザが構えていた。
一人用を二つ頼むでもよかったのだが、白川が一つを二人で食べようと言い出したのでこうなった。
「美味しそう!」
「そうだな」
「いただきまぁす」
そう言って白川は、12等分されたピザの一切れを手に取り、口へと運んだ。
「美味ひぃ」
熱いのか、しっかり喋れてないが……俺も食べてみる。
「いただきます」
一口食べる。
うん。確かに美味いな。
そうして二口目に入りかかった時だった。
「あ、そうだ」
白川は何か思い出したかのように、スマホを手に取り俺の食べようとした瞬間の写真を撮った。
「なにをしている」
「記念だよ。もう来れないかもしれないしね。大丈夫、人に見せたりはしないから」
「それならいいが……」
「さぁ食べよう!」
お前が中断したんだろというツッコミはせず、俺も食事を再開する
「ねぇ。この後最後にテレビ塔の上から夜景みない?」
ピザを食べ終わった白川はそんなことを言ってきた。
「わかった」
ここまで来たら最後まで付き合ってあげようの精神で、俺は了承する。
「そう? じゃあ早速行こう!」
そうして俺たちは会計を済ませ、テレビ塔に向かった。
テレビ塔は大通り公園の端っこに位置している、赤いタワーだ。
見た目は東京タワーを縮小したようなものである。
確か高さは150メートルくらいと聞いたことがある。
テレビ塔に到着した俺たちは、客が行ける一番高い場所である展望台へと上がった。ちなみに展望台にあがるには入場料が必要だ。
展望台はけっこう多くの客で賑わっていた。
半分以上は男女二人組だが……。
「やっぱり綺麗だなぁ」
隣にいた白川が言った。
「そうだな」
「ねえ吉田君」
「なんだ」
「今日はありがとう」
「別に構わない」
「楽しかった?」
「普通だな」
「えぇ何それ! じゃあ楽しかったか楽しくなかったかでいったら?」
「楽しかった」
「そう? なら最初から言えばいいのに」
「今度からそうする」
確かに楽しかった。
人とつるむことを基本的に好まない俺がそう思うのは珍しかった。
「ねえ吉田君……」
「どうした」
「この間さ……」
「ああ」
「吉田君は私のことを好きじゃない……だから付き合えないって言ったよね?」
「そう言ったな」
「でもそれ、私を好きかどうか以前に……女の子自体を好きになれないって言ってるように聞こえんだけど、違うかな?」
!?。
思い切り動揺した。
何故そう思われたのだろう。
知られるような素振りは見せなかったはずだ。
こいつは並外れた観察眼でも持っているのか?
「そ、そうだとしたらどうする?」
「もしそんな何かが吉田君の中にあるんだったとしたら、それが消えれば私は好きになってもらえるかもしれないってことかな?」
「どうだろうな」
無意識に白川の言ってることを認めたような言い方をしてしまった。
「だったらさ……」
「なんだ」
「これからもよろしくね! 吉田君! いつか君を惚れさせてみせるよ。私たちは主人公とヒロインでしょ? 結末はハッピーエンドじゃないと!」
「そうか。確かに俺たちは主人公とヒロインだな」
俺は無意識にこいつに何かを期待してしまったのだろうか。
それは――今は分からない。
「うん! ――じゃあ名残惜しいけど、今日は解散にしよっか」
「ああ」
そうして長かった俺たちの一日は幕を閉じた。
☆
家に到着した俺は、疲れ果ててしまったのか……自室に入ると、荷物を床においてカーテンを閉めた後、ベッドへと身を委ねた。
そしてLIMEの通知をオンに戻す。
『今日はありがとう! おやすみ』
白川からメッセージが届いていた。
『おやすみ』
返信完了だ。
……それにしても眠い。
今日はこのまま寝てしまおう。
そうして目を閉じた。
同時に、通知音がなった……気がした。
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