第13話 神獣の怒り

「おい! 子供に矢が刺さったぞ!」

『!!!!』


 信じられない光景に、心臓の音がうるさくなった。

 倒れているリアム流れる赤い血がどんどん広がっていく――。


「こ、子供が急に飛び出てくるから……!」

「だからって! お前……子供を殺しちまったぞ!」


――殺した?


『そ、そんな……嘘、だろ……』


 リアムが……死んだ?

 俺のリアムが……?


 そう思った瞬間、自分の中で何かが噴き出した。

 冷静な俺もいて、「まだ間に合うかもしれない。早くリアムを助けないと……」と思うのに、「リアムを死なせた奴を始末しなければいけない」という思いがどんどん膨らんでいく――。


 リアムの血で、俺の視界も真っ赤に染まっていくようだった。


 俺のリアムを殺したのは誰だ?

 俺のリアムを苦しめたのは誰だ?

 俺のリアムを一人ぼっちにしたのは誰だ?


 絶対に始末しなければいけない。


 誰一人生きて残しちゃいけない――。


「……ッチ、愚図め! みなさん! 悲しい事故が起きてしまいました! でも、予定通りに我々は魔物の始末をしま――」

『……うるさい』


 一番のリアムの『害』が……取り除かなければいけない『害』が何かほざいている。


「…………? ……ひっ! な、なんだお前……!!」


 俺を斬ろうとしていたアベルが、こちらを見て怯えている。

 その様子にも殺意が増す――。


『なんてこと……これはまずいわ! 神獣! 落ち着きなさい! あなたがするべきことは他にあるでしょう! 神の力を抑えなさい!』


 鳥の声がぼんやりと聞こえるが、今は邪魔でしかない。

 

『何が悲しい事故、だ。お前が始めたことの結果だ。お前のせいで――』


 赤い血を流して倒れているリアムしか、俺の目には入らない。


『……絶対に許さない』


 沸々と沸き上がる怒りが全身をめぐる。

 俺の体が、勝手に人の姿になっていく――。

 ただ、体が真っ黒だから、いつもの姿とは違うかもしれない。

 まあ、俺の姿なんてどうでもいいが、こいつらを断罪するためには、人の言葉を話す姿になったのはちょうどいいかもしれない。


「お前達がリアムを殺したんだ」


 俺の姿を見て、周囲がざわめいている。

 恐怖の色が一帯に広がっていく。


 怒りに呼応するように、空を黒い雲が覆い始めた。

 暗くなった空に、ゴロゴロという不穏な音が響く。


「魔物が人型に……? 全身に纏った禍々しい気配はなんなの!?」

「うるせえな……黙れよ……俺の質問にだけ答えろ! リアムを殺したのは誰だ!!」


 俺の怒声と共に、周囲にバリバリと音を立てて雷が落ちる。

 それと同時に悲鳴が広がり、俺やリアムを取り囲っていた人間たちが離れていく。

 逃がすわけないだろ?

 動けなくなるように、全員の足を麻痺させた。

 足が動かすことができなくなり、バタバタと人が倒れて行く。

 そんな中、足元にいた、這って逃げようとしている奴の首根っこを掴んで持ち上げた。


「リアムを殺したのはお前か?」

「ひいいっ!! ち、違います! 矢を放ったのはあいつです!」


 指さされた男は、今捕まえた男よりも必死に這いながら、遠くに行こうとしていた。


「わ、私はっ悪くない! あの子が飛び出すから……! そもそも、矢を放ったのは、アベル王子様の言う通りにしただけで――!」


 その声を聞いた参加者達が、一斉にアベルを見た。

 アベルも他の参加者と同じように、近くに転がっていたが、生意気そうに必死に起き上がろうとしていた。

 冷めた目で見下ろす俺を見ると、怯えているのを隠して睨んできた。


「な、なんだ! わ、私は魔物を倒せと言っただけだ!」


 アベル――。

 本当にどうしようもない奴だ。

 泣いて詫びれば、まだ可愛げがあったが……。

 こんな奴のせいで、俺のアベルが……。


「お前のせいで……お前のせいで!!」


 アベルの首を掴み、空へと掲げる。


「ひっ! ぐいぅっ……ぐっ……!」


 ゴミが苦しそうに藻掻いているが、そんなこと構わない。


「お前の母親は、リアムの母を殺した! そして! お前はリアムを殺した!」


 俺の糾弾に、周囲がざわつく。


「そんな噂があったけど、まさか本当に?」

「ち、ぢがう! ご、殺して、ないっ!」

「嘘をつくな!! お前らのようなゴミ親子は!! 生きる価値がない!!!!」


 この場で俺がゴミの始末をしてやる。

 首を絞める手に力が入る。


「聖、獣っ……わた、しを……助けろ!!」

「鳥、邪魔するな」

『…………』


 鳥は王である俺の命令には背けない。

 だから、アベルを助けることはない。


「なに、しでるっはやぐ、たす、けろっ!」

『…………はあ』


 俺の命令を受けて静観していた鳥だったが……何を思ったのか、体を人のものに変えた。

 あんなに馬鹿にしていた『人化』を行ったようだ。


「…………っ!? お、お前っも、ひ、人型に……なれたのか! とに、かく、助けろ!」

「わたくしは、あなたを助けることができない」

「なんで、だよっ」

「契約者だから、説明くらいしてあげるわよ。そのために、虫唾が走る人型になったのだから。ただの聖獣であるわたくしが、王である神獣に勝てるわけがないじゃない。それに、聖獣を含め、すべての獣は神獣に従うのが道理よ」


 鳥の言葉を聞き、アベルが目を見開いた。


「神獣、だと? この魔物が?」


 周囲が一層ざわついた。

 神獣を知らなくても、聖獣よりも高位であることは分かったのだろう。


「手を、どうか手をお離しください! ご容赦を……! 神獣様!」


 意識はしていなかったのだが、上に設置されていた観覧席には麻痺をかけていなかったようで、一人の男が駆け寄って来た。

 王妃の隣にいた、一番高貴な服を纏っている者――。


「……お前はリアムの父――王だな」

「は、はいっ……」


 こいつのせいで……リアムは寂しい人生を送っていたのだ!


「リアムの母が殺された上、リアムはひとりぼっちでつらい日々を送っていたというのに……お前は今まで何をしていた!!」


 怒りに任せ、アベルを王に投げつけた。


「うぐっ!」

「……っく!」


 衝突した二人は痛みでうめき声をあげたが、王はすぐに体勢を整え、俺の前で土下座をした。


「も、申し訳ありません! わ、私は……王妃の背後にいる貴族達の機嫌を損なうわけにはいかず、レオニーとリアムを十分に救うことができませんでした!!」

「謝るのは俺じゃないだろ!!」


 俺が怒鳴る度に稲妻が走り、周囲が怯えるのが鬱陶しい。


「はい!! レオニー……リアム……許してくれ……すまない……!!」

「……許されるわけがないだろ。レオニーさんとリアムは戻って来ないんだよ!!」

「すみません! すみません……」


 一応、このクズに後悔はあるらしい。

 だからと言って、リアムとリアムの母が救われることはない。

 でも、俺の怒りを鎮めるチャンスはくれてやろう。


「王。王妃とアベルの首をこの場で切り落とせ! そうすれば怒りを沈めてやる。……できないなら、俺はこの国を滅ぼす」

「そ、そんな……」

「早くしろ!!!!」


 硬直する王の隣では、アベルが怯えて泣きだした。

 観客席にいる王妃の顔も恐怖で歪んでいる。


「お許しくださいお許しくださいお許しください」

「神獣様……ごめんなさい……もう何もしません!」


 アベルと王が、震えながら許しを請う。


「もう何もしません、だ? 遅いんだよ……もうリアムはいないんだ。お前だけは、絶対に許さない!!!!」


 俺は怒鳴りながら、周囲を黒い業火で覆った。

 それと同時に、参加者達からは今日一番の悲鳴があがる。

 うるさい……お前達だって加害者だ!


「ここにいるほとんどの者が、リアムに起きたことを知っているはずだ! それなのに誰一人、リアム親子に手を差し伸べなかった! 母を殺され、絶望に圧し潰されそうな子供を冷遇し、更なる絶望が待っているのに目を逸らして来たんだ! お前達も同罪だ!!」


 俺の絶叫と共に、業火が勢いを増した。


「王! このままでは国が……! わたしめが代わりに王妃と王子の首を……!」


 臣下の者が、剣を手に王に許可を求める


「い、嫌よ! 死にたくないわ!」

「私もです! 首を切り落とすなんてあんまりだ!」


 人を簡単に殺すくせに、喚くばかりで自らの力で自分を守れない愚か者。

 そして、自らの命を守るためなら、どんな命でも差し出す愚か者。


 救いようがない連中が騒いでいるが、安心しろ。

 お前達はみんないなくなるから。

 リアムがいない世界なんて、全部壊せばいい。


 俺の体が勝手に変わっていく。

 とてもとても、大きな黒い獣に――。




『……もう手遅れね。正気を失った神獣は厄神になり、その身が亡ぶまで破壊を続けるでしょう。……残念ね。あなたは変わっているけど、とても良い神獣だったのに』

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