第51話 決戦と未来 #5
スターターが合図を出して、ゲートとして使う三本ロープの後ろに、出走馬が集まる。俺は16番目。ほぼ真ん中だ。有利でもなければ、不利でもない。
俺のウマが位置につく。
ちらりと右横を見ると、知った顔があった。
ミスジだ。未勝利の時に、俺に乗っていた騎手。
なんだ、お前もダービーに出るのかよ。驚いたね。
ミスジは俺を横目で見てから、正面に顔を向ける。
その表情は真剣だ。いつもの大柄な空気は消え失せていて、騎手としてのピュアな部分が剥きだしになっている。
あんな男でも変えてしまうとは。やっぱりダービーだね。
チコもミスジのことには気づいているだろうが、表情を変えるようなことはなかった。見事なぐらい集中している。いいぜ、それだ。
全部のウマが横一線に並ぶ。
歓声とは裏腹に、スタート地点に広がる静寂。
緊張がピークに達したその瞬間。ゲート用のロープが上にあがった。
轟音と共に、30頭がいっせいに飛び出していく。
これだけの頭数になると、大地を蹴る音もすさまじい。さながら工事現場にいるかようで、一瞬、自分の位置を見失う。
100メートルほど行ったところで、5番のミキサーヌが自分から主張して先頭に立った。馬群を引っぱって、第一コーナーに向かう。
その後ろが25番のヤマトンプ。それを追いかけて、ほかのウマがつづく。
俺は十番手ぐらいだ。押し込まれたせいか、インコースに入ってしまったが、まあ、悪くはない。最短距離を走って、じっとしていればいい。
ミスジのウマが俺たちの前にいた。ちょっと外寄りにコースを取って、コーナーを回っていく。
後方には、ソーアライクの姿もある。さすがにヨーク。ポジション取りに抜かりはない。
馬群は一コーナーから二コーナーに入る。
ここでヤマトンプがミサキーヌに並びかけた。抑えきれなくなったみたいで、一気に追いぬいて鼻に立つ。ミサキーヌは無理せず、後方につけようとするが、これも火がついてしまったみたいで、後を追いかける。
二頭が他馬を引き離す形で突っ走り、向こう正面に入る。
隊列は整った。ヤマトンプとミサキーヌがペースをあげ、そこから大きく離れて、俺たちの馬群がついていく。7番ミハシリケン、15番のラーンもいる。
前掛かりで、ペースがあがっていくのがわかる。
一方のソーアライクは、俺の二馬身ばかり後方に貼りついたまま動かねえ。
自分のペースを守っているのかと思ったが、これは違うな。
俺をマークしている。最強の敵は、俺とチコだと認識し、その動きをじっと見ている。
おもしれえ。相手にとって不足はねえよ。
馬群はいつしか三コーナーにかかっていた。先頭の二頭は変わらないが、それを追いかけて、三頭が仕掛けていく。明らかに早いが、待っていられないのだろう。
それを見て、ほかの騎手も前に行く。
最後方のウマも動いているみたいで、俺の周囲は他馬に包みこまれる。
それでも、俺は動かなかった。早仕掛けでは、必ず最後に止まる。
流れを見れば、今は焦るところではない。そうだろう、チコ。
馬上で、チコはぴくりともしなかった。視線は前に固定されたまま動かない。
だが、わかるぜ。お前はレース全体を見ているはずだ。さながら、鳥になり、上からコースを見おろしているかのようにな。
各馬の動きが手に取るようにわかるはずだ。
いいぜ、ならば、お前にすべてを任せるぜ。
必ず勝負所は来る。その時のために、エネルギーを貯めこんでおくさ。
大きな歓声が聞こえて、先頭のウマは四コーナーを回ろうとしていた。ミサキーヌだ。騎手の大きなアクションが見てとれる。
ヤマトンプはもう駄目だ。気性の悪さが体力の消耗につながった。
代わって、ミハシリケンが行く。手応えは十分だ。
騎手の腕もいい。最小限の手綱さばきで、ウマをやる気にさせている。
後方からあがってきたウマで、俺たちの周囲は包みこまれてしまう。前にもライバルがいて、壁ができたようになってしまう。
馬群は一気に直線に入る。
勝負所だ。
うまくいっていないように見えるが……。
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