第67話 番外編 須磨の心意気 弐

「お須磨の方さま」

「は、はいっ」


「わたくしたちはお互いが不得手であるところを補っている間柄にございますぞ。合わぬときは合わぬと申しますが、それは否定ではなく、なぜそう描かれたのかという疑問からにございます。そこから、小説に加筆できる部分があるという判断材料にもなりますゆえ、一方的な賛美はお控えになってくださいませ」


「……はい」


 引っ込み思案な気持ちを振り立たせる。

 これは怒られているのではなく、託されていることなのだ。神小説を書かれる方から信頼され、その形を成すことに信頼をおかれているという言葉だ。


 ――もっと練習を積んで高遠さまの世界を表す努力をしなくては。


 それから、どうしても飲み込んでしまいがちな一言を告げる勇気を持たなければと思う。人と衝突することが怖くていつも聞き役に徹していたせいか攻撃されることは少なかったが、心許せる友もできなかった。


『みんなのなか』には入れても『誰かとふたりで』という付き合いをしたことがない。


 だけど、今は違う。

 少なくとも高遠にはそういう態度ではいけないのだ。

 須磨はすうと息を吸ってふうと吐く勢いに力を借りておずおずと口を開いた。


「……どこまで、話していいのでしょうか」

「どこまでとは?」


 須磨は必死で頭にある言葉をかき集める。


「――わたくしは人の言うことを聞くこと、発言を控えるよう育てられました。母もそうやって父の言葉に黙って従う女性にょしょうでございました。それが当たり前だと生きてまいりましたので、自分の意見を言うなど別世界の人間がすることで、わたくしには縁のないものとしてすごしてきたのです。ですから、その……、どこまで話して良いかわからないのです。……は、話すことで高遠さまから嫌われてしまわないかと思って……しまって……」


 うっとおしいことを言ってしまったという気持ちと、いや、言わなければ先へは進めないのだからと鼓舞する気持ちがせめぎ合い、須磨の心のなかは嵐が吹きずさんでいるようだった。

 高遠は言う。


「わたくしは嫌われることをなんとも思ってはおりませんので、お須磨の方さまのお気持ちがわかるとは申せませぬが、お須磨の方さまを好きでいられるようおかしいと感じることがあればきちんとお話いたしますよ」


「好きでいられるよう、きちんと……話す」


 須磨はオウム返しのように呟いた。


「はい。人が心で思うことなどわかりませぬし、わたくしの仕事は嫌われてなんぼでございますから。嫌われるくらいでなければお役目は務まりませぬ」


 なんて爽快な答えだろう。自分ならばグジグジ悩んでしまうだろうし、まして高遠に嫌われてしまったら生きていける自信が無い。


「そもそも全員に好かれることなどできませぬよ」

「それは……そうなのですが……わたくしは人に嫌われるのが怖いのです」

「なぜにございますか?」

「人にそう思わせてしまう自分が悪いから、でしょうか」


 高遠はム、と考える表情をした。

 勇気を出す決意はしたが、自身のことを話すのは初めてのことなので心臓が息切れしているように早く打っている。


「お須磨の方さま。人に認められることを自己肯定としてしまうことは危険だと心得ておくべきことです」


 須磨は首をかしげた。

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