第61話 大奥は華やかに咲く 参
全裸より着衣がある方がときめくことができるのだなと新たな萌えの境地にしみじみ感じ入りながら、須磨に絵を描いてもらえることの喜びを改めて感じた。
「どうでしょうか……?」
「……わたくしは明日、死ぬかもしれませぬな」
「え?」
瞬間、正気に返った。
「な、なにを申しておるのでしょう。年甲斐もなく興奮しすぎたようです。戯れ言と聞き流してくださいませ」
高遠がそう言うと、須磨の顔が徐々に真っ赤に染まっていった。
「そう……、思っていただけて嬉しゅうございます。わたくしも高遠さまの小説を読むと『こんなに幸せでいいのか』と死にそうになります……」
今度は高遠の顔が熱くなった。
言葉もなく、ふたりで照れ合うなんとも妙な時間がすぎていく。
――少し……、ほんの少しでも、お須磨の方さまと距離が近くなったのであろうか。
気弱で臆病のはずの須磨が自然に感情を見せてくれることが温かかい気持ちになる。筆を折ろうとまで考えたのに、今では新作を考え書きたいと意欲が湧き上がってくるのだ。
ふと、失われた三作品は、このためだったかもしれないと思った。
戻ってこないことは悲しいが、それでも、全力で改稿したことは無駄ではなかった。でなければ、目の前にいる須磨がこのように幸せそうでいるはずがない。
――ならば、このまま見つからずともよい。
高遠はそう思い至ることができた。――と、
「高遠さま……! 一大事にございます!」
緊迫感を含んだ声が、障子の向こうから呼びかけてきた。
「なにごとか。落ち着いて申せ」
女中は息を整えながら答える。
「さ、沢渡主殿頭さまが、至急、御広座敷へくるようにと仰せでございます……!」
一瞬で須磨の表情が強ばり、青ざめた。
しかし、高遠は時が満ちたのだと静かに悟った。このまま終わるとは思ってはいなかった。
このまま終わることはあり得ないのだ。沢渡主殿頭が大奥の力を削ごうとしたように、高遠もまた沢渡主殿頭の力を削ごうと行動したのだから。
「……わかった。すぐに参るとお伝えせよ」
「――は……!」
女中は急いで戻っていく。
須磨は真っ青になって、高遠を引き留めた。
「た、高遠さま。おひとりでゆかれるおつもりですか? 危険です。せめて、誰か供をつけて……。もし、危害でも加えられたら……!」
動揺し、焦る須磨を落ち着かせるように言った。
「大丈夫にございますよ。いくら取り乱そうと、大奥内で刃傷沙汰を起こすほど短絡的なお方ではありませぬ。どうか万事、この高遠におまかせくだされ」
高遠はすっくと立ち上がった。そして、ただならぬ気配に部屋へ入ってきた霞と吹雪に言った。
「お須磨の方さまを部屋に送り届けよ。そして、塩沢さまにお伝えするのだ。終わり次第、お部屋にお伺いいたすと」
「――は」
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