第25話 いざ勝負~衆議の場 参

 勝負服である、福寿草ふくじゅそうが刺繍された吉祥模様きっしょうもんようの打掛を羽織る。シュッと音がして、気合いが入った。

 今日の衆議に挑むために、選んでおいた打掛うちかけだ。


 ――とうとう、この日がやってきた。


 緊張と、高揚する気持ちは胸をはやらせ、平常心を保つのに一苦労だ。

 狼狽うろたえることがないように、話の内容を繰り返し反芻して、頭のなかにたたき込んである。

 最後に鼻から息を吸い、フッと吐き出した。気持ちが整う。


「では行って参る」

「いってらっしゃいませ」


 部屋方たちに見送られ、高遠は御広座敷おひろざしきのある執務所へ向かった。今日は、ついに男色本出版が決まったと正式な場で発表されるのだ。


 一月の半ば、鶴屋から行事ぎょうじが無事通ったと連絡があり、出版が確実なものとなった。大奥総取締役、塩沢に伝えると、時を置かず御年寄四人に招集をかけた。


『叶にはわしが許可したと根回ししておる。あとはお前次第じゃ』


 そう告げられた。

 おそらく叶は出版に強く反対しないと踏んだのだろう。

 だが、油断はできない。

 叶は日和見なところがあり、潮目しおめを読むことに長けている。高遠に迷いや隙があれば、すぐさま有利な方へひるがえるだろう。中野も場の空気が決まれば「よし」とするのみで、率先して出版に同意することはない。

 すべては高遠のプレゼン次第だ。


 部屋には一番乗りで到着し、四人がやってくるのを静かに待った。

 十五分ほどのあいだに、金崎、叶、中野も入室し、最後に塩沢が座して場が整った。塩沢はたっぷりと間を置いてから唇を開いた。


「今日、集まってもらったのは、大奥の財政難を救う手立てについて、ひとつの解決策を得たことの報告じゃ」

「解決策、にございまするか?」


 そんな話は聞いていないといったふうに金崎が言う。


「うむ。昨年秋、男色本の作者捜しを行ったことは覚えておろう。その本を売り、大奥行事にあてがうことにしたのだ」

「あ、あの男色本をでございますか!?」


 驚愕のあまり金崎の声は裏返った。


「さよう。これ以上手をこまねいていても状況は悪化するのみ。ならば、使える手立ては使おうと、わしが許可したのだ」

「なっ、な、なんという……」


 よほどショックだったようで、ワナワナと震えながら、なんと、なんとと繰り返すだけの金崎に、叶が声をかけた。


「金崎殿、落ち着きなされ。これは陰りを見せる大奥にとって、ひとつの光かもしれませぬ」

「男色本がですか? とてもまともなこととは思えませぬ。一体、だれがそのようなことを言い出したのです……!」

「わたくしにございます」


 金崎の正面に座る高遠が告げた。

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