第13話 金策、見出す~一縷の望み 陸
なかなかに策士な一面があるなと思いながら、解決策を提案する。
「絵を描くにあたり、資料として必要ならば許可いたします。他の作品についてもご紹介いただけるのなら、お渡しできるよう取り計らいます」
もう、ここしかアテはないのだ。
鉄壁の無表情の下で縋るように祈っていると、小さく、薄い唇が言った。
「わかりました。承ります」
「誠にですか……!」
「はい。それで、男色本が手に入り、あの作者の作品が読めるのならば」
――ああ、助かった。やはり相談して正解だった。
高遠は胸をなで下ろした。
「――では、近く打ち合わせをいたしたいので、顔合わせの日取りを決めとうございます。どこのどなたかお教えねがいますか?」
「はい。わたくしです」
「……はい?」
「えっと……絵を描いているのは、わたくしなのです……」
須磨は照れくさそうな、申し訳なさそうな顔で言った。
「――……お、お須磨の方さまが男色の絵を……?」
想定外の答えに絶句する。
硬直している高遠を見て、須磨は、
「見せないでは信じていただけませんよね」
そう言って、文机の引き出しを開けて紙の束を取り出し、高遠に手渡した。
「ここ最近、描いたものです」
呆然としながらも受け取り、視線を落とす。――と、
「――っ……!?」
目が飛び出るほど驚いた。
視界に入ってきた絵は下半身が裸の、うしろやぐら(立ちバック)でいたしている男同士の絵。
――え? ちょ、まっ……。いきなり激しすぎる。いや、それより
戦の合間、夜の野外で木に隠れて、まぐわっている様子は臨場感に溢れ、互いを求め合う気持ちの高ぶりを見事に描いていた。
それだけではない。
細い線でありながら、筋肉はしっかりしていて、男らしさに溢れている。
それでいて、女性ならではの繊細さが男性美を引き立て、単なる卑猥な交合ではない、ドラマチックな一枚絵に仕上がっていた。
理想の絵に紙をめくっていく手を止められない。
水音が聞こえそうな口吸い。トロトロに溶かされた受けの恍惚とした表情。
攻めの凶悪な摩羅。あれやそれや、萌え的に言うなれば、
「も、……もう無理……」
「ハッ、なにを言うておる。まだ半分も入っておらぬ。もう少し力を抜いてくれ……」
「やっ、もうダメぇぇ……っ!」
的、男女限定だが営みを体験した女性目線で描く殿方の逸物とはこのようになっているのかと勉強になるほどだ。こんな美しい男色絵は見たことがない。
はだけた着物の皺一本でさえ芸術のようだ。
高遠のストライクゾーンばっちりの、めちゃくちゃ好みの絵が目に前にある。
――なんという才能。なんという色香。このような天賦の才に恵まれたお方が大奥にいたのか。やはり、男色の神は存在する。
「……ど、どうでしょう。その……信じていただけましたか?」
「……これを、お須磨の方さまが、描かれた……」
「はい」
「……局部が詳細ですな」
「……ええ。昔は知らないものですからボカしていましたが、上様のを見て、ようやく納得のいくものが描けるようになったのです」
「え? では、これは上様の……」
「いえ、見栄えするよう少々誇張しておりますので、正確には上様の形ではありません」
――いかん。緊張で話が脱線している。お、落ち着かなければ。
高遠はコホンと咳払いをした。須磨はビクリと身体を震わせる。
――ああ、神絵師を怯えさせるなど、わたくしはなんという無礼を働いているのだ。お須磨の方さまは、いわば男色創作の殿上人。丁重に、丁重に扱わねばならぬ。
「あの、それで、この絵で大丈夫でしょうか……?」
須磨は不安げだ。大丈夫どころか、あなた様は神絵師です。
しかし、御年寄としての面子を保たねばならないので、ひと言に万感の思いを込めて言った。
「十分に、ございます」
「よかった……」
ホッとする須磨を見て、高遠も安堵した。
しかし、人は見かけによらないものだ。あれだけ難易度の高い高遠の条件を、目立たない存在であった須磨が叶えるなど誰が思うだろう。高遠でさえ絵を見てようやく納得したほどなのだ。
しかし、これで小説と絵が揃った。出版に向けて大きく動き出すことができる。
「では、近く、あの作者の原稿をお渡しいたします」
「はい……! 楽しみに待っています」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます