人生航路

深夜、電話が鳴った

何事かと出てみれば

末息子の声

少し顔を見に行ってもいいか

と、言う

こんな時間に

何かあったのかと尋ねても

「大丈夫」

しか、言わなくて

心配は募る


気が気でない時間が過ぎ

チャイムの音がして

ドアを開けると

項垂れた息子が立っていた


「夜遅くにごめん」


堪えに堪えて

走りに走り続けて

息切れして

泳ぐようにすがりついてきた身体は

ガッシリとしているのに

抱きしめると

少年の頃のように

頼りなく震えて

わたしのシャツの肩口が

彼の涙で

熱く濡れていくのがわかった


母にできることは

ただ、その背を撫でて

頷いて話を聞くことだけ

この力無い我が身を

情けなくも思うけれど


胸の内を話して

泣くだけ泣いて

スッキリした顔をした息子に

少しだけ安心する

あまりにも

思い詰めた顔をしていたから


人生っていうのは本当に

ままならないことばかりで

誰でもそんなに

強くばかりはいられない

弱音を吐ける場所は

必要だと思うんだよ


ずっと心配ばかり

迷惑ばかりかけてきたからと

きみは何度も繰り返す

ううん、こうして頼ってくれたこと

母さんは嬉しかったよ


なかなか明けない夜の海を

きみは懸命に泳いでいる

わたしは小さな灯台になって

照らし続けるしかできないけれど


玄関で深くお辞儀して

帰っていくきみを見送りながら

仄かな灯りではあるけど

照らし続けるから

そっと涙をぬぐった

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