第39話:婚約から始まる狂想曲




「本日はおめでとうございます。ティボー伯爵令嬢」

 ラウルのティボー伯爵位継承式が終わり、王宮の騎士によって招待状の無い者は会場から排除された。

 次にエレオノールとラウルの婚約式と披露パーティーがエルランジェ公爵家主催でもよおされている。


 挨拶回りをしているエルランジェ公爵と若い二人を、マリアンヌは会場の隅から眺めていた。

「ありがとうございます」

「ナタン・ジャンメール伯爵と申します」

 爵位まで名乗ってくれたのは、親切心だろうか。


「初めましてマリアンヌ・と申します」

 マリアンヌが淑女の礼をする。

「ティボーでは無いのですか?」

「母からラウルへ直接継承されておりますので」

「そちらの男性は?」

 ジャンメール伯爵がシャルルを見る。


「シャルルと申します。トレムレ男爵家の次男です」

 シャルルが名乗る。

 いつもは言わない実家の名前を名乗ったのは、ティボー伯爵家の遠縁で、エルランジェ公爵の親戚だと示す為だ。

「ラウルの父親ですわ」

 マリアンヌがにこやかに付け足す。


「……そうですか。それでは私は他の方への挨拶があるので」

 ジャンメール伯爵がそそくさと去って行く。

「離婚したばかりなのに、変なのが寄って来るわ」

 マリアンヌが嫌そうに呟いたのに対し、シャルルは「離婚したばかりだからでしょう」と笑う。



 主役の両親なのに会場隅に居たのは、離婚したばかりのマリアンヌを、後妻に迎えよう、妾にしよう、と画策しているやからの多さに辟易へきえきしていたからだ。

 中には二十代後半の初婚でマリアンヌを妻に、という者までいた。


「エルランジェ公爵と親戚になるって面倒臭いわ~」

 思わず呟いたマリアンヌを、シャルルはジッと見つめる。

「何?」

 視線に気付いたマリアンヌが問う。

「俺と結婚してくれる約束は?」

 シャルルが情けない表情をする。

 まるで捨てられた大型犬だ。


「シャルルは平民じゃない。エルランジェ公爵と親戚だけど、全然オッケーよ」

 マリアンヌの返答に、シャルルは首を傾げる。

 オッケーの意味が解らないのだろう。

「平民の夫婦になって、ティボー伯爵領で雇ってもらいましょうね」

 二人は隠れるようにして、チュッと触れるだけのくちづけを交わした。




「エルランジェ公爵の遠縁で、後継者が居ない家があったな」

 前エルランジェ公爵、シャルルの伯父である。

「子爵家がありますな。まだ若いが隠居したいと常に言っている伯爵家の者も居ましたぞ」

 同じくシャルルの伯父だが、こちらはまだ現役の侯爵である。


「ティボー伯爵領とジュベル伯爵領がここ10年で目覚ましい発展をしたのは、マリアンヌ嬢の案を採用したからだそうだ。シャルルと結婚して平民になるそうだが、勿体無いとは思わんかね」

「親戚ならば、うちからも人材を派遣して、色々と教えて貰えるだろう。職業訓練校について詳しく教えて欲しいものだ」

 また別の、こちらは伯爵位の伯父である。


「うちは、平民の義務教育制度とやらをやりたい。最初の3年は大変らしいが、子供達が勉強を覚えた後の発展が凄いらしいではないか」

 工業地帯を持つ地域へ婿入りした伯父である。

「そこの2領は貧民街が無いそうだ」

 ワラワラとシャルルの母の兄弟達が集まって、何やら悪巧みをしている……ように見えた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る