第17話:懲りない人




 仕事から帰ったケヴィンは、エントランスに置いてあるに目を止めた。

「……扉?」

 ケヴィンの呟きを聞き、その視線の先にある物を理解して、執事が先回りをして答える。

「シモーヌ様のお部屋の扉です。奥様が蹴破られたそうです」

 ケヴィンの両手が、無意識に股間を守った。


 着替えを済ませてすぐ、ケヴィンは応接室へと向かった。

 マリアンヌとシモーヌがそこに居ると執事に聞いたからである。

 なるべく足音をさせないように静かに歩き、扉の前で止まり一度深呼吸をする。

 ノックをして、中からの返事を待つ。

「どうぞ」

 鈴を転がしたような声が聞こえ、ケヴィンは胸を撫で下ろした。


 自分のよく知っている、優しくて素直なマリアンヌの声。

 昨日のは何かの間違いだったのだ。

 そう思いながら扉を開けると、中の異様な雰囲気に気圧けおされてしまう。


 優雅にソファに座っているマリアンヌの前で、シモーヌは背筋を伸ばし、向かいのソファに浅く腰掛けている。

 例えるならば、商談に来た遥かに格下の商人のようだ。

 正妻と第二夫人にしても、おかしすぎる。


 しかもシモーヌの後ろに立っているメイド三人は、両手を体の脇でピシリと指先まで伸ばして立っている。

 まるで衛兵の新人のようだった。



「おかえりなさい。まだお食事には早いわよね?」

 質問形式を取っているが、否定を許さない声音に、ケヴィンは何度も頷く。

「あら、私の旦那様は声を出せなくなったのかしら?」

 マリアンヌの言葉に、ケヴィンは更に萎縮してしまう。


「返事!」

「はいぃ!!」

 二人の上下関係を確認するようなやり取りを見て、シモーヌは顔色を無くした。

 ケヴィンが帰ってくれば、状況は好転するのでは?と、淡い期待をしていたのだ。

 実際は、悪化しただけだった。




 マリアンヌからの説明を、ケヴィンは静かに聞いていた。

 屋敷の管理費をシモーヌが着服していた事。

 それにより定期点検がされておらず、修繕費が点検2回分以上掛かる事。

 業者を侯爵家の名を使い脅し、解約金すら払っていなかった事。


 淡々と告げられる事実に、ケヴィンは顔色を悪くしていく。

「社交界の笑いものだ」

 ポツリと呟かれた声に、横のシモーヌの体が揺れた。

「今更ですか?」

 嘲笑するマリアンヌを、ケヴィンは睨み付けた。



「そもそも!お前が実家になんぞ戻るから!」

 叫んだ瞬間、ケヴィンの頬が張られた。

「きゃあぁ!」

 ケヴィンの右側にシモーヌが座って居たので、左頬を張られたケヴィンはシモーヌを巻き込んで右側へと倒れ込んだ。


「は?」

 地を這うようなマリアンヌの声がした。

 室内の温度が下がった気がするほどの殺気をマリアンヌが放つ。

 思わず護衛が身構えてしまう程の、本気の殺気だった。



「少しは反省しているかと思えば……わかりました」

 マリアンヌが立ち上がる。

「二人には、私がここでケヴィンに受けていた仕打ちを、身をもって経験していただきましょう」

 マリアンヌの視線が目の前の二人から、扉付近で硬直している執事へと向く。

「良いですね?」

 鋭い眼光に睨まれて、執事は「はい」ととても良い返事をした。


 それを見て、ケヴィンは叩かれた頬を押さえながら顔面蒼白になり、意味が解らないシモーヌはケヴィンとマリアンヌの間で視線をさまよわせた。



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