第4話 ルシアの事情 ルシア視点

私がここに住もうと思ったのは、いくつか理由がある。


まず、1つ目に決定的な理由がある。地上まで自力では戻れない。そもそも帰れないのだ。


2つ目が、仮に地上に戻ったとしても、住む家がない。家賃が払えなくなって追い出されてしまい、公園で寝るようになって今日で3日目だった。


3つ目がライルに少し興味を持ったからだ。噂に聞いていた卑怯者感がまったくしない。それに、命の恩人には違いないので、少しでも恩返しがしたいと思った。


「ねえ、おじさん」


私はライルのさっきの魔法について聞きたくなった。


「なんだ」


「さっきの魔法なんていう魔法?」


「水の魔法はクリエイトウォータだ」


え? あれが? 


クリエイトウォータはコップ1杯分の水を出す生活魔法だ。


「滝のように出てたけど……」


「何重にも同時に発動すれば、あれぐらいにはなる。まあ、ちょっとずるをしているがな」


くくく、とか笑って、気持ちの悪いおっさんね。


「私たちが呼吸できたのも生活魔法?」


「そうだ。クリエイトエアという魔法だ。水の中で鼻と口を覆うようにして、継続して空気を作りだせば、普通に呼吸できるようになる。そうするには、かなり制御が難しいが、まあ、3日ぐらい訓練すればできるようになるだろう。その前に水中に沈められたら、訓練している間に窒息するがな」


また、くくく、とか笑って。全然面白くない冗談だわ。きもいオヤジ決定ね。


だいたいこんな薄暗いところに半年もよくいられたわね。さっき見ていたけど、ずっとぼーっとしていて、なんというか、そう、無気力ってやつ。


でも、結構目とか涼しげで、髭をそったら、案外イケメンなのかも。


「生活魔法はセーフティゾーンでも使えるのね」


「そうだ」


「おじさんはどんな生活魔法が使えるの?」


「どんなと言われてもだな。できないものはないと思うぞ」


あれ? 少しドヤ顔入ってる?


「今から少し休みたいのだけど、ベッドとか作れるの」


「クリエイト系の生活魔法は化合物しか生成できない。水素と酸素で水を作り出せるが、ベッドはそうではないだろう。魔法の勉強はしたのか?」


お前、大丈夫か、みたいな顔をして、失礼なおっさんね。


「したわよ。そういえば、教師がそんなことを言ってたような気がするわ。じゃあ、材料を集めに行くわよ」


「え? なんで?」


「なんでって、こんな固い床の上じゃ快適に寝られないでしょ。羽毛が欲しいわ。地下2階に羽毛恐竜がたくさんいるでしょ」


「いや、あんなの持ってきても、臭くて使えないぞ」


「クリーンの魔法は使えるでしょ?」


とにかく、この無気力男を何としかしないと、こっちまで気が滅入るわよ。


「……。わかったよ。行けばいいんだろ」


セーフティゾーンのドアを開けるのが実は怖かった。冒険者たちの遺体を見たくなかったからだ。だが、ドアを開けてみると、遺体はどこにもなかった。


「魔物が片付けたんだろう。行くぞ」


ライルがそういって私の手を取って歩いて行く。手をつないでいるのは、その方が魔力を供給しやすいからだ。決して仲良しだからではない。


ライルは魔力を自力で生成できない。私は魔力はあるが、魔法を出せない。足りないところをお互いに補い合える理想の関係といえばそうなのだが、こんなおっさんごめん被るわ。しばらく無償で魔力を提供するのは、私のためなんだから。


だが、手から体温が伝わって来て、少しだけつながりを感じてしまう。ライルの手は、ごつごつしていなくて、やはり魔法使いの手なのだと思う。剣士や戦士のように固くないのだ。


それにしても、ライルは凄い魔法使いだ。魔物をすべて炎系統の魔法で瞬殺していく。地下二階まで10分かかっていない。あの男5人の冒険者は一階あたり最低でも一時間はかけていた。


私はライルに話しかけた。


「あの……」


「なんだ?」


「こんなに魔物を簡単に仕留められるのなら、ダンジョンなんかではなく、普通に地上で生活できるのでは?」


「俺に地上での生活は無理だ。こう見えて、悪口に耐えられないんだ」


そう言ってライルは寂しく笑った。こういうのは頑張れとか気にするなとかは逆効果だ。本人が克服するしかない。


「じゃあ、魔物を売って、ベッドを買った方が早いんじゃないかしら」


私は話を変えた。


「ダンジョンにベッドなんか持ち込むのは大変だろう」


私はちょっと迷ったが、思い切って私の秘密を1つ教えることにした。


「収納ボックスに入れればいいのでは?」


「持っているのか!?」


「ええ」


「収納ボックス持ちが、なんでこんなに苦労している?」


何で私が苦労していること前提なのよ。間違っていないけど。


「私の収納ボックスは変なのよ。服が邪魔になるから、使うときにいちいち全裸になんないといけないのよ」


「なんだそれは。便利なのか不便なのかわからないではないか」


「はっきり言って使えないのよ。ダンジョンで毎回素っ裸になっていたら、襲ってくださいって、言っているようなものでしょ」


「俺は襲わないぞ」


「わかってるから話したのよ」


こんな無気力人間が襲うわけないじゃない。この私の美貌をもってしてもね。

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