CHAPTER 1「闘う理由-FIRST FLIGHT-」

《孤独は全ての自由の源である》



ある作家は、そう言った。


ウィリアム・ブライアンも


いつも孤独だった。


ウィリアムの両親は、彼が産まれると、


その姿に言葉を失った。


血の気のない、白い肌。


老人のような白い髪…


彼らはすぐさま、孤児院にウィリアムを


押しつける様に残していった。


だが孤児院でも、ウィリアムは一人


だった。


子供達は、自分たちとは違う


その容姿をからかい、


彼を陰湿ないじめのターゲットにした。


ある時は、クレヨンを隠され、


またある時は、誰もいない


場所に呼び出され、


数人の子供に取り囲まれ、


かわるがわる、殴られ続けた。


職員もいじめを見て見ぬフリをした。


身も心もボロボロになったウィリアムは


気づいた時には、孤児院の屋根に


登っていた。


「もう⋯いいや。」


彼の人生は終わりを告げようとしていた。


その異変に気づいた職員や、


心配して――その多くは心配する


振りをして彼が飛び降りるのを


今か今かと待ちわびている


いやしい心をもった子供達だが――


集まって来ていた。


全てを諦め、彼は飛び降りた。


目を瞑り、なるがままに任せた。


自分の身体からだが軽くなった様な


気がした。


「これが『死ぬ』って事なんだ…」


彼はそう思った。


これが死の世界、天国という場所…


彼はそれがどんな場所か見てみたくなり、


ギュッと閉じていた目を


ゆっくり開けた…



   


   そして…




空を飛んでいた⋯


ウィリアムは孤児院の屋上から、


鳥のように天高く舞い上がり


小さく見える地上の観衆を見下ろした。


(うわぁぁぁ…僕、空を飛んでるよ!


すっげぇ!)


彼は理解した。自分には特別な『力』が


あるのだと。


そして、こうも思った。


(この力さえあれば、いじめられたりする


ことはもう無い。みんな僕を大事に思って


くれる。)


だが、現実はそうはいかなかった。


先のウィリアムの行動は、


いじめをさらにエスカレートさせる


だけだった。


やがて、成長し、孤児院を出る年齢になった


彼は自分がいるべき場所を求めて


飛び立った…




あれから15年後…




アップルシティ―――人口およそ8億人の


都市国家の片隅、ストーンリッジという


小さな町に、ウィリアムはいた。


日当たりのあまり良くない、


4階建てでレンガ造りの、お世辞にも


良い部屋とは呼べないものだった。


彼は一人、薄汚れたソファーに


腰を落ち着け、毒づいていた。


「なんでこんな不味いものしか


財団あそこは売らねぇんだ?」



グラハム・ハート慈善財団─


アップルシティに生きる全国民にとって、


なくてはならない衣食住をになって


おり、バリアント、ベーシックを問わず


細やかな支援を行っている。


時計の針は夕食の時間を示していた。


ウィリアムが、口に運んだのは、


財団によって一般流通させられている


『合成肉』だった。


彼は、その肉を、良くこうして


ステーキにして付け合わせの野菜と一緒に


食べているが、


ぐにゃぐにゃしていて


とても食べられたものではなく、


評判もあまり良い話は聞かない。


彼にとって『食べる』とは、


ただ生きるための手段でしかない。


ウィリアムは、沈みゆく夕日を


ただ静かに見ていた…





   遠く離れた、同じ空の下…




「アル、夕食が出来たわよ。」


アル―――アルフレッド・ライサンダーは


同居している唯一の家族である


母、アデラの声で夢からめた。


空軍士官学校4年生の彼は


春季休暇で自宅に戻っていた。


アルフレッドは数日前、軍のラウンジで


見たニュースの話を、母アデラにしていた。





―――アルフレッド親子が住む、


アップルシティの中心地区


ミドルガーデン。


ここは50区ある国内にあって


1番、自然溢れる地区である。


アップルシティは、中央区


〈ミドルガーデン〉を


起点に放射状に広がる50の地区で


構成されている。


行政と文化の中心であるミドルガーデンの


周囲には、


静かな海辺の〈ハーモンベイ〉や


〈グラスポイント〉、


古い工業地帯の面影を残す

〈アイアンヒルズ〉、


森林と並木に包まれた

〈オークシェイド〉、


芸術家たちが集う

〈インディグロウホロウ〉、


高層マンション群が立ち並ぶ

〈ゴールドミアピークス〉


など、


地区ごとに異なる顔を持つ。モノレール網


と水上交通がこれらのエリアをつなぎ、


アップルシティの複雑で有機的な都市構造


を形作っている。


数日前、ミドルガーデンで行われた


建国100年を祝う式典にも、


多くの国民が集まっていた。


出店も地区の分だけあり、大きな賑わいを


見せた。





    15時、式典が始まる⋯





広場いっぱいに人だかりが出来ていた。


アップルシティの国旗が掲げられ


中央にある舞台はさながら


ファンタジーに出てくる玉座ぎょくざ


に似た雰囲気をかもし出していた。


煌びやかなドレスを着た司会者の


「さぁ、アップルシティの8億人の皆様!


お待たせいたしました!」の第一声に


観客が沸いた。


割れんばかりの大歓声が広場いっぱいに


広がる中、


司会者の紹介で、彼が現れる。


観衆の声に応じるように、温かみを感じる


微笑みを浮かべ、手を振りながら、


グラハム・ハートは壇上に上がった。


「やぁ、皆さん。この良き日を迎えることが


出来て、私は大変嬉しい!」


黒いスラックスに、黒いシャツ、


ワインレッドのネクタイ、


黒い中折れ帽という


洒落たスタイルだった。


彼は壇上で語り始めた。


「私はこの国が好きだ、大好きだ!


風景、人々、食べ物⋯すべてを愛していると


言っていい!」─




「⋯だってさ、大げさだよねぇ?」


「そうねぇ⋯でも実際、この人のおかげで、


親子二人だけでも何不自由なく


暮らしていけてるんだもの


感謝しなくちゃいけないわ。


さぁ、食べましょう」


アデラは、息子にそう言って


二人で穏やかな夕食をとっていた。



  そして、二人の運命が訪れた⋯



アップルシティ、ストーンリッジにある


ウィリアムの自室に突然の来客。


外は暗い夜のとばりが下り、


しっとりと冷たい雨が降り始めていた。


玄関の甲高いチャイムが鳴り響く。


彼は隠しきれぬ苛立ちを感じつつ


玄関のドアを開けた。


そこには、カラスのように黒ずくめの


背の高い男が立っていた。


表情がうかがい知れぬほど


中折れ帽を目深まぶかに被った


その男は


降りしきる雨を一身に受けていたが、


それを気にもとめず


大きな黒いアタッシュケースを


一つ、ウィリアムに渡し、


低い声で、彼にこう伝えた。


「空を制するのはお前だ、ブライアン。」



   

   同じ頃、ミドルガーデンでは⋯

 


夕食を終え、テレビを観ながら談笑して


いたライサンダー親子にも


あるものが宅配便で届けられた。


厳重に梱包された段ボール箱を開けると  


シルバーのアタッシュケースが


一つ、その中に入っていた。


差出人の欄には


『アッブルシティ警備局特別対策課


ガジェット開発部門』


と書いてあった。


「母さん!これはどういうこと!?」


アルフレッドの混乱に満ちた声が、  


ミドルガーデンにこだまする…










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る