第10話 手抜きレシピと消えた弁当の謎(4)
母に唆された訳では断じてない。自分を殺す動機があるものもこの学園には、いないだろう。
ただ、あんなに母にけしかけられると気になるというものだ。
体育の授業は週三回ある。その内火曜日と水曜日が午前中にある。
もし犯人が何かやるとしたら、午前中の体育の授業の時だろう。そう計算した美月は、その授業の時、具合が悪くなったと嘘をつき、教室に向かった。
喜んで良いのかわからないが、弁当が消えているのが確認できた。一応午後の体育の時間も途中で抜け出して確認したが、弁当箱が消えている様子はない。
つまり、犯人は弁当の中身に興味があるようだ。しかし、体育の授業が終わると弁当は元に戻っていた。
教室に張り込んで犯人を探すのも良いと思ったが、ドケチな美月はそれはどうしても出来なかった。体育の授業も好きだし!
何か毒を仕掛けられたり、髪の毛を入れられたり嫌がらせを受けた様子もない。
犯人の意図が全くわからない。
「どういう事だと思う?」
美月は、桜と秋人にこの件について相談していた。
放課後、聖書研究会の部室である。秋人は講演会の打ち合わせに来ていた。打ち合わせが終わり、桜に学園内を案内してもらっていた途中、彼らを捕まえて相談してみた。
ちなみに母は、「犯人は毒を仕込んでいる説」ばかり主張し、全く話が噛み合わなかった。
「えー、嫌がらせじゃん。美月ちー、かわいそう」
桜は、この件に関して同情的だった。母は桜の犯人説も唱えていたが、その可能性は低いだろ。そもそも桜は同じクラスで体育も同じ時間に受けている為、アリバイというものがある。
そういったアリバイの観点から考えるとクラスメイトは全員シロだ。体育教師もシロだ。
「秋人さん、これは先生に相談すべき?」
黙って聞いている秋人に聞いてみた。今日はニート仕様ではなく、普通に大人らしくスーツ姿だった。髪も少しオールバック風にセットしてあり、普段の様子はつくづく残念だと実感した。
「いや、これはコージーミステリだよ」
「は?」
秋人の回答に美月は顎が外れるほど驚く。聞くと秋人は美月の母のコージーミステリにすっかり感化されて、探偵の真似事までしたいと言い始めた。
「料理王子が謎解きするよ! どうよ、かっこよくない?」
ドヤ顔でそんな事を言う秋人に美月の目は死んでいくが、意外と桜はノリノリだった。
「だったら、明日の午前中の体育の時間に張り込んで犯人探そう!」
「いや、桜。あんたは体育の授業をサボりたいだけじゃない?」
鈍臭く、動きがノロノロしている桜は明らかに体育の授業が苦手そうだった。
「しかし、腹減ったな。おやつない?」
秋人が文句を言い、桜がロッカーからクッキーを出して聖書研究会のテーブルの上に広げた。
市販のクッキーだったが、甘い良い匂いが漂う。ちょっと暗い話をしていたが、こうしてクッキーを食べながらだと呑気でユルい雰囲気になってしまった。確かに甘いクッキーを食べると少し気分も収まってしまった。
秋人はノリノリで、聖書研究会にあるホワイトボードに何か書き始めた。
・アリバイ
・動機
・容疑者
こうしてホワイトボードの何か書く秋人は、ちょっと学校の先生っぽい。
「美月ちーのママのコージーミステリを読んで学んだが、事件はだいたいこの三つから紐解いている。さあ、みんなで考えてみよう!」
秋人は明らかにこも件を楽しんでいた。「人の気持ちも知らないで!」と起こりたくなってきたが、今のところ弁当が一時期盗まれたというだけで実害はない。
「桜はなんか思い当たる事はない?」
「そうねぇ、お兄ちゃん。少なくともアリバイの観点から言うと、うちのクラスメイトと体育の先生は外れるね」
秋人は「容疑者除外→クラスメイト、体育の先生」とホワイトボードに書く。キュッキュと楽しそうな音が響く。実際、秋人の表情もニコニコ顔だった。
「動機はなんなの? それがわかれば、犯人に近づきそうじゃない?」
美月が二人に向かって提案する。母が書いたコージーミステリは、複雑なトリックなどは書かれず、動機から犯人を見つける事が多かった。
「美月ちー、本当に誰かに恨まれてない?」
秋人に念を押され、SNSのコメント欄にアンチが来た事を思い出した。
「でも、私のSNSのフォロワー10人しかいないわね。しかも全員知り合いだし、誰が見てるの?って感じだし」
「美月ちー、それはネットを甘く見てるよ。意外とネットは見られてるから」
珍しく桜が真面目くさって言った。そういえば最近、ネットリテラシーの授業を受けた。確かにネットで迂闊な発言はできない。
秋人は「容疑者→ネットのアンチ?」と書くが、首を傾げる。
「でも美月ちーは、弁当の写真しか上げてないんだろ? そんなんでアンチなんて生まれるか?」
「確かに。お兄ちゃんの言う通りだね」
桜も同意し、美月も容疑者については全くわからなくなってしまった。
ちょうどそこへ聖書研究会の顧問の藤崎真澄が入ってきた。アラサー女性だが、最近結婚が決まったらしく、時々マリッジブルーになり愚痴を吐いていた。
「料理王子じゃないですか。お会いできて光栄ですよ」
真澄と秋人は互いに自己紹介をし、すぐに打ち解けていた。真澄は結婚にあたり、料理勉強中で、秋人のレシピブックを熟読しているという。
「ところで、何やってたの? あなたたち」
物騒な言葉が並ぶホワイトボードを見て、真澄は目を白黒させていた。
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