18
父は夜六時頃に戻った。今のところ本家の蔵からめぼしい収穫はなく、むしろわたしたちのコックリさんの方が「何かありそう」と思っていたらしい。が、わたしたちが明らかに別のものを引き当てたと聞くと、顎をがくんと落とした。
「それは元凶の方やなぁ……少なくとも母さんではないなぁ」
「ごめん」
「仕方ないなぁ」
父はわたしを叱ったりはしなかった。(二十歳過ぎてから親に『コックリさんやってごめん』って謝ることあるんだな)と思うと、なんだか滑稽な感じがした。
「実花子、兄ちゃんはどうした?」
「お寺行って、その後崇叔父さんの家にも行ってみるって」
兄と二人で一通り迷った末の別行動だった。一人にならない方がいいのかもしれない。でも、少しでも早く手がかりを集めるためには手分けした方がいい――で、結局わたしも兄も、二人そろってじっと待っていることに耐えられなくなったのだ。やや自暴自棄になっていたのかもしれない。母のことがあるのでわたしは家に残り、兄が外出することになって、今に至る。
「崇んちか。あそこもこれといって何もなかったとは思うけどなぁ。そうか、それを言うてなかったな」
兄にメッセージを送ると、少しして電話がかかっていた。檀那寺での探しものが長引いて、叔父の家は後日になりそうだという。今は先代と一緒にお寺の物置――というか書庫のような部屋を漁っているそうだが、歴史の長いお寺だけあって物が多く、時間がかかっているようだ。
『一応、そのサヨさんのお墓を建てた時期からもうちょっと遡ってお寺の過去帳を見てみたんだけど、当てはまりそうな子どもの記載はなかったな。むしろびっくりするほど死んでないぞ』
「子ども――ああ、おサヨさんの冤罪の話ね」
『まぁ殺人未遂罪でもえらい迷惑な話よな。なすりつけられる方からすれば』
元凶の方に関しては、檀那寺が独自にちょっとした覚書を残していたらしい。いわく――
『家の中に入れてはならない。ひとりで山に入ってはならない。それと話してはならない。入られてはならない。坂の下の家は長く空けてはならない、だったかな。どうも江戸時代後期くらいのものらしくて、先代に頼まなきゃ全然読めん』
「坂の下の家って、文坂の本家のことね」
『おー。あいつを自分ちの周囲に留めておくのが、元々の文坂家の役割だったみたいだな。おかげで財産ができたとかもあったかもしれん。メモとったんで後で見せるわ』
電話越しに、『おおい、樹生くん』という先代の声が聞こえた。ほぼ同時に父が「そろそろ帰ってくるように言われ」とわたしに告げた。
「夜遅くなるさかい」
兄にもそれが聞こえたらしい。『先代とちょっと話したら帰るって、父さんに伝えといて』と言い残して電話が切れた。
「迎えに行った方がいいかな?」
東京で暮らしていた兄は自分の車を持っていない。父に聞いてみると、時計と窓の外を見て「檀那寺なら大丈夫やろう」と言われた。徒歩圏内だし、まだまだ深夜ではない。父からすれば兄を心配するのと同じくらい、わたしたちが家の外に出るのを危ぶむ気持ちがあるのだろう。
それからおよそ十分後、兄は檀那寺の奥さんが運転する軽自動車に乗って帰宅した。
「すみません、お手数おかけしました」
「いいえ。先代も楽しそうでしたよ。ひさしぶりに若い人とたくさんお話しできて」
お寺の奥さんは父にそう言うと、にこやかに挨拶してさっさと帰っていった。田舎にしては大きなお寺だから、ご住職も奥さんも忙しい。
「お兄ちゃん、おかえり」
「うぃーす」
こちらに向かって片手を挙げた兄は、コックリさん直後よりはかなり元気になったように見えた。多少無理しているだろうという心配は拭えないけれど、少しほっとした。
「どうだった? 実花子の方は」
「うーん……」
わたしは首を傾げる。
ひとりで待っている間、確かに母の気配はあった。でも、それはやっぱり足音がしたり、襖やドアが開いたりといった程度のささやかなもので、結局はっきりとしたコンタクトをとることはできなかった。コックリさんへの再チャレンジはさすがに怖くてやっていない。藪蛇にしかならないような気もして、少し気になりはしたけれどやめた。もちろんウィジャボードも出していない。
「収穫なしかぁ」
「そうね。夕飯用に出前とっておいたくらい」
「おお、いいぞ実花子。腹が減っとったら何やっても駄目やさかい」
父が言った。「とりあえず飯にするか」
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