06

 分家を訪ねるのはひさしぶりだが、おれの記憶が正しければ、二階は各自の寝室になっているはずだ。

 志朗さんの「縦」を情報収集の指標にするとして、二階で家探しする必要はあまりない、と思う。あえて探すとすれば古いアルバムの類だろうか? 仏壇には文坂哲の遺影がなく、どんな顔をしていたのかすらわかっていない。

 でもあんまり寝室とか漁るのはなぁ、共用スペースである仏間とかより気が引けるよな……などと考えながら階段を上っていくと、上がり切ったところで冷たい風が頬を撫でた。

「さむいね」

 おれの後ろをついてきていた晴が言った。

 廊下を見渡すと、ベランダに通じるドアが全開になっている。その横のアルミサッシまで開いていて、ぎょっとしてしまった。いくらここが呑気な田舎だといっても、これでは不用心が過ぎる。雨風が吹き込む可能性だってある。

 この家の管理は、病院のおばさんがしてくれていたはずだ。ならおばさんが閉め忘れたのだろうか? ――と考えたものの、どうにも違和感があった。あのしっかりしたおばさんがこんなミスをするだろうか? どうもイメージに合わない。

 ともかくもドアを閉めて鍵をかけ、窓の方は開けたままにしておいて、まずは手近なドアを開けてみた。その途端、また冷たい風が顔に当たった。

 レースのカーテンが風に揺れている。シングルベッドがふたつ並んだ洋間の奥、大きめの掃き出し窓が全開になっていた。

(ちょっと待て、さっき外から見たときはどうだった? その時から開いてたか?)

 よく覚えていない。が、ここまであちこち全開になっていたらどうだろう? まるで気づかないものだろうか?

「きっちゃん、こっちもあいてるー」

 隣の部屋から晴の声がした。おれは寝室を出ると、急いで晴がいる反対隣の部屋を開けた。ここは上京していた樹生いつきくんの部屋だ。長らく物置扱いだったはずだが、ここの窓も開いている。

 おれは換気に来たのも忘れて、すべての窓を閉めていった。無性に厭な感じがする。まるで、ここに来た誰かが何かに襲われて、慌てて逃げ出した痕跡のように思えてしまう。

 やっぱり何かしら危険に見舞われた病院のおばさんが、止むを得ず開けっ放しにしていったのだろうか? でも、もしもそんな怖ろしいことが起こったのだとすれば、おばさんがそのことをおれに教えてくれないのはおかしい。

 なんだか換気どころではなくなってきた。戸締まりをして、早めに家を出た方がいいかもしれない。晴も不安そうな顔をして、おれの服の裾を引っ張る。

「なんかやだ。はやくかえろ」

「――そうだな」

 おれは二階の窓を閉め、晴と手を繋いで一階に下りた。こっちも開けた窓や扉をきちんと閉めて回る。そうやっているうちにふと、(大袈裟かな、やっぱり)などという思いが頭をよぎった。

(たまたま開けっ放しになってただけじゃ――いや、いいや。とにかく出よう。晴も怖がってるみたいだし)

 そんなことを考えながら居間のサッシを閉めた。これで最後のはず――と胸をなでおろしたとき、廊下の向こうから、タン、という乾いた音が聞こえた。

 おれは居間から顔を出した。

 向かいの仏間の襖が全開になっていた。

 そこは確かにさっき閉めた記憶がある。家にはおれたち以外誰もいない。晴はずっとおれにくっついている。

 背筋が冷たくなった。何の危害も加えられていないのに、なぜか敵意のようなものを感じた。

 おれたちはこの家に歓迎されていない。

「きっちゃん」

 晴が泣きそうな声でおれを呼んだ。それでようやく我に返った。

「晴、もう出よう」

「うん」

 靴の踵を踏んだまま、晴に引っ張られるようにして、おれたちは分家から逃げ出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る