04

 こんな状況でも晴の飯の支度をしなきゃなと思うのは、晴のことを大事にしてるとかじゃなくて、おれ自身が必死に日常にしがみつこうとしているだけなのかもしれない。そんなことを考えながら晴と車に乗って少し離れた大型スーパーに出かけ、当面の食材を買い込もうとして、料理をする気力がまるで湧かないのに気づいた。本家に到着してからこっち、何もしないうちから体力が削られているような気がする。

 また買い物にくるのも億劫になりそうで、冷凍食品をカゴにどんどん放り込んだ。志朗さんに三百万円払ったものの、財布の中にはまだ現金がある。兄やおれ名義の預金なんかもそれなりに残っているはずで、とりあえず当面生活するには困らないだろうと踏んでいた。そういえば病院のおばさん曰く、相続の手続きなんかは隣の市の弁護士事務所に預けてあるらしい(そんな伝言まで部外者のおばさんに託されていたのだ)から、そちらとも連絡をとる必要がある。とても今日中に片付きそうもない、というか頭の中がそれどころではなく、とにかく食事を終えたら分家に行こうと思った。それからまた、「縦」のことを考えていた。

 晴はカートの中にどんどん駄菓子を入れてくる。ねえさんがいたら「三つだけだよ。今日と明日と明後日の分」って言うだろうなと思いながら、おれは晴がやりたいようにさせていた。たまにはいいじゃない、ひさしぶりだからさ、と心の中でねえさんに言い訳をした。ねえさんはどうしてしまったんだろう。やっぱりお山に行ってしまったのだろうか。

 山から来るものが何を考えているかなんてわからない。もしかしたら、おれだって近々みんなのように死ぬかもしれない。いっそそうなったらいいのかもしれない――と、心の中で何かが囁いていた。その声を聞きながらおれは会計を済ませ、スーパーを出た。


 冷蔵庫の中身はさほどひどいことにはなっていなかったが、それでも捨てなければならないものはいくつかあった。冷蔵庫の中身を軽く整理したあとで昼食を済ませると、また車に乗って、今度は分家に向かった。この辺りではどこに行くにも車だ。

 晴も後部座席に乗っている。あの無駄にでかい本家に、昼間とはいえ小学一年生をたったひとりで放っておくわけにはいかない。

「だれかいるかなぁ?」

 晴が無邪気に問いかけてきた。胃が痛くなったが、また「お山にいるかなぁ」と言われるよりは心臓にいい。でも、いつかは分家の人々が亡くなったことを、晴に教えてやらなければならない。そのことを考えるとつい、ハンドルを握る手に力が入った。

 まもなく分家に到着した。庭の空いているスペースに駐車して車を降り、ものは試しと思ってインターホンを押した。やはり応答はなく、病院のおばさんからもらった合い鍵を使って玄関を開けた。

「おじゃましまーす!」

 晴が大きな声で家の中に声をかけた。返事はない。

 家の中はまだ生活感に満ちていた。片付いてはいるけれど、それでもここで人が暮らしていたという気配が強い。本家よりは新しく、ずっと明るい家中を回って窓を開け、風を通していった。街中には吹かない、山から来る風が家の中を通っていく。晴はおれにくっついてばたばたと走り回っている。

 一階の奥に仏間があり、分家の仏壇はもちろんそこに置かれている。仏間の障子窓を開けると、目が痛くなるような眩しい日差しが入り込んできた。

 晴は大人の真似をしているのだろう、神妙な面持ちで仏壇を拝んでている。おれもちょっと手を合わせ、それから仏壇に置かれた過去帳を取り上げた。この家で亡くなった人たちの俗名や戒名、亡くなった年月日や享年が、命日の日付の順に書きつけられている。

 頭からぱらぱらとめくっていくと、やがて探していた名前を見つけた。亡くなった年代からいってもこの人で間違いないだろう。文坂さとし、享年三十歳。平成一桁台に亡くなっている。

(志朗さんが「縦」でよんだ名前と同じだ)

 本当にいたのか。思わず背筋がぞくりとした。

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