阿久津千陽の得意なこと
01
おれはとっさにそれを手に取った。阿久津さんには例のリストを渡している。だから彼女のスマートフォンに志朗さんの電話番号が登録されていること自体は決しておかしくない。
だが、何の用だ?
(ていうかこのスマホ、まず阿久津さんとこに持っていくべきだろ……いや、でも)
などと考えつつ勝手に電話をとってしまったのは、おれの中に阿久津さんを疑う気持ちが生まれていたからだった。彼女が何かよからぬことをやっているのだと、おれはこのとき半ば確信していた。それに、この電話が本当に志朗貞明本人からかかってきたのかどうかも知りたい。むしろそれを知らなければならない、という気さえした。
『もしもし、阿久津
電話の向こうから、歯切れのいい、トーンの明るい男の声が聞こえてきた。おれはほっと胸をなで下ろした。おれの記憶が正しければ、その声は志朗さんのものによく似ていた。生きていたのか。ひとまずよかった。
『もしもし?』
電話の向こうから、急かすような声が続いた。おれは慌てて返事をした。
「あの、これ阿久津さんのスマホです。阿久津さんは今ちょっといなくて」
『は? ちょう待って。キミ、文坂聖さん?』
声を覚えていたのか、相手はすぐにおれの名前を言い当てた。一瞬ぎょっとしたが、目が見えない分、おれなんかよりもよっぽど耳がいいのかもしれない。
「あっ、そうです。その……」
『阿久津さん、今出られません? もし出られる状態なら、なる早で代わってほしいなぁ』
内容はともかく、語気には怒りが感じられた。電話越しにもはっきり「怒っているな」ということがわかる。
阿久津さん、本当に何をやってきたんだ? リストの人物が複数死んでいることと関係があるのか?
『文坂さん? 聞こえます?』
イライラした様子で、き、こ、え、ま、す? と区切るように言われた。やっぱり怒っているらしい。
「あっ、はい……聞こえます」
『そりゃよかった。だからねぇ――』
と話しかけたところで、志朗さんは急に『あっ』と言った。そこからさっと声のトーンが変わった。早口だけど、怒りが引っ込んでいる。
『文坂さん。今阿久津さん、目の前にはいない? でも近くにはいる?』
「……です、ね」
『じゃったら様子見てきてくれます?』
「はい?」
『彼女が生きてるか死んでるか、見てきて』
冷たいくらい真剣な声音だった。
おれは階段を駆け上り、二階の鍵がかかっていた部屋を一直線に目指した。二階には他にも部屋があるのに、おれは彼女がここにいるに違いないと思い込んでいた。電話はまだつながったままだ。
引き戸をノックしたが返事はない。恐る恐る取っ手に手をかけてみると、どうやら鍵は開いているようだった。
「阿久津さん?」
おれは引き戸を開けた。
途端に目眩がした。部屋の中の様子は夢で見たものと吐き気がするほど同じだった。同じ壁紙の色、同じ床、骨の入ったケージがいくつか――そして、天井の電灯から阿久津さんがぶら下がって揺れていた。
「うわ……」
どこかシュールな眺めだった。間抜けな声を出してぼんやりとつっ立っていたおれの背中に、突然「きっちゃん?」という声がぶつかってきた。
晴だった。階段を上がりきったところから、小さな顔が覗いていた。
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