18

 叔父がどこで亡くなっていたのか、母は知らないという。

「あんまり教えてもらうと、宏美ちゃんもお山に怒られるかもしれないから」

 と言われてしまうと、無理に聞いてくれとも言えない。

 わからないだけに、その疑問はわたしの中でずっとくすぶり続けた。頭の中には、昨日見た護さんの部屋の光景があった。掃き出し窓の近くにはもうマネキンはおらず、その代わり畳の上で叔父が倒れてぴくりとも動かない。見たこともない、実際にあったかもわからないただの空想に過ぎないその絵面は、わたしの脳裏にやけに鮮明にこびりついた。

 叔父の通夜にも葬儀にも出ないことになった。わたしも母も、もう文坂の人間ではない。いずれ父の葬儀が行われるとしても、わたしたちはそこにも参列することはないだろう。

 もちろん、父からは音沙汰がない。兄は昼頃にまた『異常なし』とごくあっさりした報告をくれた。今度はわたしが『了解。こっちも大丈夫』と返した。それ以外の近況に触れることも、ふざけたスタンプを送ることもしなかった。こうやって兄とやりとりしていることを何かに悟られそうな気がして、それがわけもなく怖かった。


 昼食をとると「ごめん、疲れたみたい」と言って母は客間で昼寝を始めた。わたしも全部忘れて眠ってしまいたかったけれど、しばらくぼんやりしてみたところで、まったく眠気が兆す気配がないということがわかった。

「ちょっと散歩してくるね」

 スマートフォンをコートのポケットに入れ、皆に声をかけて家を出た。

 寒いけれど、よく晴れて気持ちのいい日だった。ごく薄い青色の中に真っ白な雲が切れ切れに浮かんでいた。どうしてこんなに明るくて爽やかな日に、わたしたちは怯えていなくてはならないのだろう。

 祖父母の家から離れないよう、家の周りをぐるりと一周することにした。明るい最中に表を歩くということは、それだけで気分転換になった。

 二週目、家の裏手に差し掛かったとき、わたしのスマートフォンが鳴った。さては母が起きたな、と思ったわたしの目に飛び込んできたのは、別のアイコンだった。

 従弟のあらたくんだ。

 亡くなった叔父の長男。わたしよりも五歳下の子だ。

 音声電話だった。着信中、と表示された画面を見つめながら、わたしはしばらく指を動かせずにいた。新くんもわたしのように家を出されたのだろうか、それともまだ文坂なのか?

 着信を知らせる通知は十回を超えても続いた。大丈夫なのだろうか? この着信を受けても――

 わたしは通知を無視して、スマートフォンをポケットに突っ込んだ。

 新くんのことはもちろん気がかりだ。でも父や母は、わたしと兄を文坂の家から遠ざけようとしている。そのことを思うと、危険を冒してはいけないと思った。

 足早に歩いているうちに振動は止まった。それでもまだポケットの中が震えているような気がしてたまらなかった。新くんが音声電話なんて珍しい。何かあったのだろうか? 文字を打つのももどかしいほど早く伝えたいことが――それだけの緊急性がある事態が起きたのではないだろうか。

(まさか。まだ昼なのに)

 わたしは頭を振って不吉な考えを捨てた。でももしもそうなら。もし彼が命の危機を覚えてわたしに連絡してきたのだとしたら。

(わたしは両親の意志と、従弟の命を天秤にかけたことになる)

 そう考えた瞬間、吐きそうになった。

 ポケットの中で再び振動を感じた。画面を見ると、今度は母だった。

『散歩? 早く戻ってね』

『わかった。今戻るところ』

 返事を終えたところで、もうひとつ通知がポップアップした。やっぱり新くんだ。今度はテキストメッセージだった。送られてきたメッセージが嫌でも目に入る。

『約束ってなに?』

「――なに?」

 どうやら内容はそれだけだった。

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