第57話 裏切りの気配

 俺はわからないけど、とりあえずそれって___と言った。


「そうだ。のだ。私の伝承した始まりの記憶では、すでにこの世界はあった。そしてその後に人類がうまれ、女神と勇者という概念が出来た。なのに、私の伝承したはじめの記憶より以前の伝承として、その女神と勇者の心臓を捧げよという石碑が突如現れた」


 俺はやっと理解した。


「未来を予知できるものがいて、それを書いてたとか?」


「魔族にそのような能力はない。私が存在する前に居て滅びたのならわかるが、それなら予知する能力がある魔物がいたことも伝承されるか、石碑に刻まれていないとおかしくないか? 私はこう考える。この世界は、、と」


「いや、それはおかしい。始まりの魔王が産まれたときに既にほかの魔物もいたんだろ?」


「ああ。すべている設定で存在していることになったのだ」


「つまり、今の魔王、800年前に産まれたサタンが継承したそれ以前の記憶は全て作り物で、この世界は今の魔王が産まれた瞬間に、そういった経緯の設定で突如始まった、と」


「その通りだ。そうでないと辻褄が合わない点が多すぎる。私のこの話を理解出来た者は貴公が初めてだ。貴公を迎え入れられることを感謝する」


「いや、正直まだ殆ど理解できていないよ。それに、なぜそう思うんだ? 順番がおかしいだけではそこまでの発想にはならないだろ」


「人類と魔族の戦争が始まってから、決着がつき、創造神とやらが現れた記憶がないからだ」


「……たしかにそれはおかしいですね」


 アイオンが初めて口を開いた。セドナは混乱している。


「1000年に一度、女神と勇者は召喚される。なのに、創造神が現れた形跡や伝承、そして記憶がない。私の初めの記憶は4000年前だ。圧倒的に魔族が有利であるにも関わらず、一度も勝利していない。そして今の私は目覚めたときから、まるで創造神との謁見のために産まれてきたと錯覚している。そもそもなぜ創造神は2柱で一つの星に違う種族を繁栄させて、戦争を起こし、互いに信仰させているんだ」


「それは、なんらかの理由で高次元な存在が代理戦争を起こして」


「そうかもしれない。ではその戦争が終結したあと、この世界はどうなると思う?」


「……消えるのか?」


「かもしれない。それを話したいのだ、賢者である貴公と。そして私はもう一つの仮説を提唱したい」


「まさか」


 俺はまたわからないけど、まさか、と言っておいた。


「そのまさかだ。貴公との会話から、この世界の始まりは今の私の記憶からではなく、勇者である貴公が召喚された時から始まっていると考え直したのだ」


「そんなはずありません! 私はそれ以前の記憶があり、勇者召喚の陣を書いたのは私です!」


 アイオンが声を荒げ抗議した。


「そうだ。そういった設定で、世界が構築されて、そこから始まったんだ」


「それなら、別に1秒前にそうなっていたっていいだろう」


 魔王は俺の返事に驚いた。恐らく魔王はこの疑問を得てから、ずっと世界の成り立ちについて考えていたんだろう。そのうちの一つに、同じ考えがあった。そしてそれはもう否定済だったようだ。


「その通りだ。しかし、だとしたらこの世界に意味がない。この世界で代理戦争をしている神々がいるとしたら、明確な分岐点は勇者召喚からになる。魔族が勝つか、人類軍が勝つかのかなめは、そのリープにある」


「一体何がいいたいんだ、何があっても貴様がした罪の事実は変わらない!」


 セドナは打ちひしがれながら言った。すでに魔王の方を向くことは出来ずにいた。


「落ち着けセドナ。俺たちが魔族を殺し、ベルフェゴールとベルゼブブを殺したのも、事実だ」


 セドナとアイオンは俺の言葉に驚いた。そんな発想がなかった、もしくは、魔族と人間を同列に語った俺に対しての驚きなのだろう。


「俺は最初に人型のゴブリンを殺した以降、すぐに罪悪感はマヒしたよ。城ごと雷神の鉄斧で皆殺しにしたときも、レベルが沢山上がったな、としか思わなかった」


 アイオンとセドナは何も言わなくなった。それを見て俺は言葉を続けた。


「ベルフェゴールを殺したときもだ。なんなら石を投げて遊んでるようなもんだった。それがこんなに話がわかるやつらを殺していただなんて」


「よいのだ。貴公らは貴公らの目的のために、最善を尽くしてきた。お互い水に流そうではないか。そして今後の世界について話し合っていこう。そのためにもう一度、満足いくまで手合わせをしよう」


 魔王がそう言い、扉をあけると闘技場についていた。

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