第51話 分岐点3

 気付くと俺は横たわり、顔は4つのおっぺぇに包まれていた。MP回復のためだろう。役得ではあるが…


 渓谷を渡りアイオンの拘束をセドナが外しているところまでは覚えている。どうやら力尽きて気絶していたらしい。


「守さん! よかった、気がついた」


 そこにはアイオンがいた。俺が殺そうとした、アイオンが。


「アイオン……ごめんな」


 俺はアイオンの目を見ることができず、逸らして言った。


「何がですか? 勝ったんです、我々の勝利です!」


 違う、違うんだ。


「……俺は拷問を受けるアイオンにトドメをさしに来てたんだ。魔王に勝てる算段はなかった。たまたまなんだ、勝てたのは」


 最後の一撃も、魔王にではなく、アイオンに向けて放っていた。顔向けなんて出来るわけがない。


「勇者様はアイオンを終わりのない拷問から救って、タイムリープするために苦肉の策で私に提案したのよ」


 セドナが慌てて弁明してくれたが、そんなものに意味はない。事実は事実なんだ。まだその方がマシだと判断しただけで。


「わかってますよ、そんなことは」


 アイオンは小さく笑った。そこに悲しみのニュアンスは、一切含まれていなかった。


「アイオン」


「むしろ、なんで来ちゃったんだ! って怒ってました……いえ、嘘です、もう一度会えて嬉しかった。本当に……」


 アイオンは震え、涙を流した。その雫が俺の顔にポタポタと染みていく。

 セドナは何も言わずに微笑み、アイオンの頭を撫でた。


「アイオン、ごめんな。でももう苦しまなくて大丈夫だ。あとは俺に任せておけ」


 俺はアイオンの涙を指で拭った。なんて強い子なんだろうか。 


「はい。ヴィーナスも浮かばれることでしょう」


 アイオンは言った。


「ん? 俺今からタイムリープするんじゃないの?」


 女神二人はキョトンとしている。

 その選択肢は……ないの?! 


「だってヴィーナス助かってないよ?」


「守さん、魔王軍全滅がどれほどの偉業なのか、お分かりないですか? この状況は奇跡中の奇跡です。女神が全員命を賭して、勇者契約の上で魔王の封印に成功すれば上々でした。タイムリープをあと1000回しても、現状より好転しない可能性の方が高いんですよ」


「勇者様がどれだけ納得いかずとも我々が止めます。王妃が二人では物足りないということでしたら、側室を手配しますので」


「ちょっと待ってくれ、じゃあこれで本当に終わったのか?」


「はい。我々の勝利です!」


 夜が明けて、空が白んできた。


 ○

 真空の闇を挟み、観測者の物質世界の投影地点、二つの月にて。


「おい! 座標x321054 y67422945 z9885743 Ω0.478245286274はなんだ? おかしいだろ、何の細工をしたんだ?」


 黒の月は白の月へ渡り、怒鳴った。 


「ん? どれどれ」


 白の月はマルチバース次元の断面を確認した。そこには特異点があった。


「おっと。これは完全に想定外の特異点だ」


「顔にバレたかって書いてあるぞ」


「言い掛かりはよしてくれよ。むしろクロに有利な設定すぎるだろ。これくらいで丁度いいのさ」


「ふざけんな、干渉させろ。ついでに貸し1だ」 


「ッチ。わかったよ、それでいい」


「よし。ん、まてよ、もしかしたらほっといても魔王が覚醒するかもな?」


「あの段階まで進むと、残りは17回しか分岐しない。その全てで、覚醒前に相沢守が魔王に留めを刺してたよ。こいつ変態だがバカではない」


「そこまでわかってるなら言えよ!」


「なんでわざわざ不利になること教えないといけないのさ」


「それもそうか……おい、こいつ本当に細工してないんだよな?! 理の外側にいるぞ___」


 ○

「そうか。終わったんだなこれで」


 俺は股間と共に立ち上がった。アイオンとセドナの献身的な胸の押し付けで、三分の一近くMPと気力が回復していた。

 ヴィーナスを救ってやれなかったことが気がかりだが、この戦いの難易度がどれほど高いかは何となく理解している。

 その残酷さと、女神達の覚悟も。殉職した人類軍と先王、先王妃の手前、妹一人のためにこの成功を無しにすることはあり得ない、というのも頷ける。ましてや責任ある女神の立場にある三姉妹だ。

 それに、この二人にとって妹が可愛くないわけがない。

 俺はそれ以上何かを言うのをやめた。二人がヴィーナスを救いに行かない選択肢を俺に推奨し、説得することは、きっと辛いことだろうから。 


「はい。見ていますか、お父様、お母様、ヴィーナス。人類の悲願が今、達成されましたよ」


 昇りつつある朝日にアイオンは呟いた。


「凱旋しなきゃね。新国王の戴冠式もしなくちゃ」


「そうですね! ……それと、魔王に勝てたので約束のアレもですね」


 約束のアレ。某toら○る程度の年齢指定である我々において、アレを言語化することは未だ出来ない。

 しかし、アレはアレである。

 くんずほぐれつのめくるめくアレだ。 


「二人で10人は産みたいところね」


 セドナは言った。おいセドナ、おい。おいおい何を言っている。おい。いいぞもっと言え。サッカーチーム作ろう。


「じゅ、10人……」


 アイオンは唾を飲んだ。そうだよね、多いよね。 


「英雄の子であり、王の子になるのよ。この世界を安全に王政統一し、その下に法を敷くには、子供達に土地を与えて各地を統治させなくてはならないじゃない?」


 セドナは言った。流石現王女だ。俺はそんな大それたことは考えられていない。

 むしろ気絶せずに行為に及べるか不安まである。考えるだけで興奮で気絶しそうだ。


「そう……ですね。次の世代に平和を繋ぐためにも」


 アイオンが頬を染め、上目遣いでメスの顔をこちらに向けた。

 オカズの供給がすごいな、白米のおかわりを頼む。心のアルバムが10億枚を突破した。


「守さんは、嫌じゃないですよね?」


「王様に興味はないけど、アイオンとセドナといれるなら頑張るよ」


 なんなら王様はやりたくない。責任者、嫌。


「では! 善は急げ、帰って子作りよ!」


「セドナお姉様?! キャラが変わってますよ?」


「私だって恥ずかしいの! でも私が引っ張らないと話が進まないでしょ」


 すみません、童貞と処女なもんで……リード助かります。 


「よし! 魔王に念のためトドメ刺して、神域に帰るか」


 俺たちが魔王の元に近づくと、突然光の柱のようなものが、魔樹の大森林側に放たれて、爆発した。


「何だ!?」


「あ、あそこには瀕死のアポカリプスが居たはずですが、今の衝撃で消えた様子です! 念のため確認してきます」 


 セドナがそう言い、向かおうとした瞬間、俺たちのすぐそばで、禍々しい魔力がとんでもない速度で膨張していくのを感じた。

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