勇者の想い

 夢を見た。

 夢を夢だと認識できる夢。

 所謂、明晰夢というやつだと思う。

 夢の内容は、高校に入ってすぐの頃。

 彼女と出会った頃の夢だ。


 彼女……本城守は、なんというか、すぐに壊れてしまいそうな危うい雰囲気のある少女だった。


 見た目は凄い美少女で、成績も優秀。

 だけど、その美少女っぷりのせいで女子には嫉妬され、男子には色目を使われる。

 その内、嫉妬はイジメに変わり、色目はストーキングに変わった。

 守はいつも無表情で耐えてたけど、その眼はずっと死んでるみたいで、全部諦めてるみたいで、僕はとてもじゃないけど見てられなかった。


 だから、助けようとした。


 守に絡んでいた不良を撃退したり。

 水をかけられたのか、濡れ鼠になってた時に服とタオルを貸したり。

 荒らされてた机を一緒に片付けたり。

 教科書をズタズタにされてた時に、自分のを貸そうとしたり。

 イジメた連中に話をつけに行ったり。

 他にも色々とあった。

 でも、きっと、僕が見てきたのは、イジメのほんの一部に過ぎなかったんだろう。

 何せ、下手したら事案一歩手前みたいな現場に遭遇した事もあったのだから。


 だからなのか、助けても助けても根本的な解決にはならなかった。

 守へのイジメはなくならない。

 当然、守が僕に心を開いてくれるような事もない。

 それでも、僕は守を助け続けた。

 他にどうしていいのかわからなかったから。


 そうしている内に、守は学校に来なくなった。


 ああ、僕は結局、守を助けられなかったんだ。

 それを実感した時は泣いた。

 柄にもなく大泣きして、枕を濡らした。

 自分でも少し驚いたよ。

 まさか、ここまでショックを受けるなんて。


 多分、僕は自分で思うよりも守の事を大切に思っていたんだと思う。

 好き……だったのかもしれない。

 恋愛的な意味で誰かを好きになった事はなかったから、あんまりよくはわからなかったけど。

 それでも、放っておけなかったって気持ちと、彼女を助けたい、守りたいと思った気持ちは本物だった。

 少なくとも、自分の無力を嘆いて泣き崩れるくらいには。


 夢の場面が変化する。


 守が不登校になった後、僕らの接点はなくなった。

 守は僕の事を不信感全開の目で見てたし、そんな奴が家まで押し掛けても迷惑にしかならないとわかってたから、お見舞いにすら行けない。

 連絡先も知らない。

 僕は、僕に見える範囲で行われたイジメから、勝手に守を助けようとしていただけだ。

 酷く自分勝手で独り善がりで、守るべき人からも望まれていないだろう行為。

 それでも、見て見ぬ振りをするよりは遥かにマシだと、今でも信じ続けている。

 でも、やっぱり、そこに信頼関係はなかった。

 だから、僕は彼女の連絡先すら知らない。


 結局、僕にできたのは心配する事だけ。

 そうして、心に穴が空いたような気持ちで守のいない日常を送っていた時……あの事件が起こった。


 異世界召喚。


 本当に驚いたよ。

 そういう展開の物語は知ってたし、ハマってた時期もあったけど、まさか自分がそんな体験をするとは思わなかった。

 召喚された国、ウルフェウス王国の人達に、僕達は勇者だと言われて。

 魔王を倒して世界を救ってくれと言われて。

 魔王を倒す以外に帰る方法はないと言われて。

 僕は、戦う事を決意した。


 理由は二つ。

 一つ目の理由は簡単だ。

 他の皆を守りたかった。

 正直、守をイジメた連中に思うところはあったけど、それでも死んでほしいとまで思ってる訳じゃない。

 それに、大事な幼馴染である彩佳と恭四郎、凄く良い人だとわかっている空野先生。

 この三人を守りたいと思ったのは、嘘偽りのない本心だ。


 そして、二つ目の理由。 

 僕はどうしても日本に帰りたかった。

 守に、もう一度会いたかった。

 いや、会いたかったというより、あんな悲惨な別れを最後の別れにしたくなかったんだ。

 もう一度会って何をしたかったのかはわからない。

 助けられなくてごめんと謝りたかったのか、それとも僕と友達になってくださいとでも言いたかったのか。

 わからない。

 わからないけど、あれで終わりにだけはしたくなかった。


 そんな思いで異世界生活を送る日々。

 訓練して。

 力を付けて。

 真装を覚えて。

 魔物と戦って。

 その魔物を倒せば経験値を獲得してLvが上がる。

 Lvが上がれば、確実に強くなる。

 そんな日々は順調だった。

 順調だと、そう思っていた。


 また夢の場面が変わる。


 今度はそんな日々が一瞬にして崩壊した。

 王都に直接攻め入ってきた魔王軍の手によって。

 あの日の事は一生忘れられない。

 最初の一撃で、悲鳴も上げられずに消し飛ばされた大勢の人達。

 それだけの事をしておいて、大声で笑う魔王。

 それを見た瞬間、こいつは倒さなきゃいけない敵なんだと理解した。


 そして……あの日の中で一番記憶に残っているものがある。

 それが、守だ。

 僕の目の前で、容赦のない殺戮を繰り広げた守の姿。

 あれが脳裏に焼き付いて離れない。


 結局、その時も僕は何もできず、魔王に挑んで簡単に返り討ちにされただけ。

 動けなくなったところをエマに助けられて、最後は、皆や沢山の人達を見捨てて逃げた。

 

 後日、唯一生き残ったクラスメイト、『鑑定』のユニークスキルを持つ目良くんから、あれは守ではなく、守の姿をしただけの魔物だと教えられた。

 目良くんの話だと、あの魔物はオートマタという名前だったという。

 でも、オートマタの特性や持っていたスキルから、守本人に操作されてる可能性が高いとも言っていた。


 もし、本当にオートマタを操ってる存在が守だとしたら。

 僕はどうしたらいいんだろう。

 わからない。

 今の守は魔王の部下で、皆を殺した殺人犯だ。

 だけど、僕はどうしても守を恨めない。

 直接見た訳じゃないけど、多分、彩佳も恭四郎も守に殺されたんだと思う。

 なのに、どうしても恨めない。


 でも、今の守は敵だ。

 躊躇なく僕の事も殺しにきた。

 次に会ったら、やっぱり殺しにくるんだろう。

 その時、僕はどうしたらいいのか。

 わからない。

 本当にわからない。


 それに、今となっては、最初に思った戦う理由すら失ってしまった。

 守りたいと思った人達は皆死んでしまって、もう一度会いたいと願った少女は敵として現れた。


 それでも、僕が戦いの舞台から降りる事はできない。


 戦うべき理由なら、なくした代わりに、新しい理由を見つけた。

 多くの人達を殺した魔王は許さない。

 守との決着も必ずつける。

 新しい仲間の為にも、逃げる訳にはいかないし、負ける訳にもいかない。

 僕はこれからも勇者として戦い続ける。


 ……でも、それでも、やっぱりキツイ。


 戦いは辛い事ばっかりで、先にあるのは苦しい事ばっかりで。

 いっそ全て投げ出して楽になってしまいたいと思ってる自分がいる。

 ああ、なんで、こんな事になってるんだろう。

 誰か教えてほしい。

 誰か助けてほしい。

 誰か、僕を……


「…………マ! ユウマ! 起きろ!」

「……っ」


 その時、大きな声と共に体を揺らされて、僕は夢の世界から連れ戻された。

 この声は、アイヴィさんの声だ。

 異世界に召喚されたばかりの僕らを鍛えてくれた教官の一人で、今は勇者パーティーの一員として一緒に行動している仲間。

 そんな人が、どこか焦ったような声で僕を起こしていた。


「起きたか。うなされていたところを無理矢理叩き起こして悪いが、緊急事態だ。

 すぐに戦闘準備を整えてくれ」

「……何かあったんですね?」


 そう言いながら、僕は鎧を付けて装備を整える。

 元々、パジャマではなく普通の服で寝ていたから、服から着替える必要はない。

 今の僕は、エールフリート神聖国が管理しているダンジョン『魔神の墓標』で修業を積み、それなりに実戦慣れしている。

 すぐに頭を寝起きから戦闘に切り替える事くらいはできるようになった。


「私もよくわからないのだが、砦の後方から兵士の大軍が押し寄せて来るのが確認されてな。

 それだけならば援軍と捉えられるのだが、遠目に見ても妙に殺気立っているらしくてな。

 今、エマが確認に向かっているが、念の為、何が起きてもいいように準備は整えて……」


 アイヴィさんがそこまで言った時、ドォオオオン! と凄さまじい爆発音がして、砦全体が揺れた。

 何かが起こった。

 でも、動揺はない。

 こういう事態は、いつも突然やってくると知っているから。


「アイヴィさん、行きましょう」

「ああ!」


 そうして、僕達の次の戦いが始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る