第24話

 翌朝。


 いつもより静かな朝に目を覚ました。


 昨日、疲れ切って夕食も食べずに寝てしまった舞佳。

 あまりにも疲れていたのか、昨日何が起きたかよく覚えていなかった。


 スズとサチが来て…

 和花と家を飛び出して…

 友達が人質にされて…

 危険な目にあって…

 スズとサチにカッターを向けた…


 …思い出すと、生きた心地がしなかった。


 腕に力を込めて、起き上がる。


「おはようございます…」

 リビングに行くと、机を囲んでいるのは五人だけだった。

 まりか、千太郎、和花、楚世歌、縁人…の五人。

「おはよう、舞佳」

 まりかが声を掛けるが、舞佳は元気がない。

 顔にも声にもまだ疲れが残っていた。

「他の…みなさんは?」

「まだ別室で寝てる。疲れちゃったみたい…」

 そう言うと、まりかは一つの鍵を取り出した。

「ドア、鍵も含めて新しくを変えておいたよ。これは、新しい鍵」

「ありがとうございます…」

 舞佳が鍵を受け取ると、まりかは次にチラシを出した。

「スズが入ってこないうちに引っ越し先を決めよう」

 チラシには様々な物件が載っている。

「そうですね…引っ越さないと」

 舞佳もチラシを覗き込んだ。


 初めて一人暮らしをした慣れ親しんだ場所を手放すのは、どこか寂しい気持ちになった。

 …が、どうこう言っていられる状況ではない。

 あんな行動をとるスズたちのことだ。


 絶対に、また来る…。




 しばらく、チラシを隅々まで見ていた。

 スズのことを考えると、外出すらも細心の注意を払わないといけなかった。

 …となると、不動産屋にすら行くのも危うい。

 だから、チラシを見て決め、すぐに引っ越したいところだ。

「この家とかどう?」

「良いかもしれないけど…賃貸の値段や契約期間の確認もした方が良いんじゃない?何かあったら、すぐに引っ越せるように…」

「確かにね…」

「舞佳さん…あの予算的なものはありますか…?」

「そうだね、大体このくらいかな…」

 金額や場所、家の条件が絞られていく。


 話題が部屋の広さになった時だった。

「あの…」

 舞佳が遠慮がちに訊いた。

「どうしたの?」

「私が引っ越したら…みなさんは、今みたいに私の家に来ますか?もし来るなら、広い部屋が良いかなって…」

「場所によるけど…」

 五人は少し考え始めた。

「私はお邪魔するよ」

 最初に言ったのは、まりかだった。

「俺は大学が駅前の方なので…でも、休みの日なら…」

 千太郎は悩みながら、言葉を濁した。


 一方で…

 和花、楚世歌、縁人…この三人は口を閉ざしていた。

 舞佳は心配そうに様子を伺った。

 だが…不思議とこの三人が、何を言おうとして、何を考えていて、何が口を閉ざす原因になったかは、ほとんど思いつかなかった。

 そして、どこか胸騒ぎを感じた…。

 三人とも何を考えているのか、さっきとは打って変わって無表情だからだ。

 何を言い出すか分からず、表情も読み取れない…。

 しぐさも無く…呼吸すら聞こえない気がした…。




「…!」

 舞佳は慌てて目を擦った。

 顔を上げると、五人はさっきのようにチラシを見ていた。

 和花、楚世歌、縁人の三人も…いつものような豊かな表情だ。


 …気のせいだろう。


 三人が透き通っていたなんて。


 和花だけ、透明になっていって…消えてしまったなんて。


 それほど、自分は疲れてしまっていた…そのせいだ、それだけだ。

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