第20話

 ギィ…


 リビングのドアが開かれる。みんなが一斉にこちらを向いた。

「スズさん、ただいま戻りました」

 サチに続いて入ってきたのは、和花と舞佳だった。

「先生…!」

「舞佳!!」

 楚世歌が思わず声を出した。

「ごめんなさい…」

 和花は辛そうな顔をして、舞佳と共に机の傍に座る。

「はい、これ」

 サチは適当に言って、手に持っていた内服薬の袋を投げた。

 袋は一直線に飛んでいき、楚世歌の傍に座っていた定の顔に見事命中する。

「痛っ…!」

 定は顔に手を当てて、うずくまった。

 紙袋の縁が額にあたり、定の顔に傷ができた…少し、血が滲み出ている。

「定ちゃん…!」

 楚世歌が寄り添った。

 それを見たサチとスズは…笑っていた。

「ふふふ…」

「ふふっ…」

 楚世歌は振り向き、二人を睨みつける。

「酷い…!こんな小さな子に…」

 楚世歌を見下すように一瞥した後、その声を完全に無視して、二人は楚世歌から顔を背けながらお互いの顔を見合わせた。

「それにしても、薬を持ち出しておいて良かったわね」

「スズさんのおかげです。しっかりと情報収集してくださいますから」

 笑いあって話している…。


「チッ…どこまでもクズな奴だ」

 傑がボソッと呟き、顔をしかめた。

「やることが卑怯極まりない…いや、犯罪者の所業…」

 俯くまりかは、はぁーと長いため息をついた。

 …そのすぐ上に、彼女たちの視線があった。

「何とでも言いなさい…と言いたいところだけども、誘拐犯に言われるのは気に入らないわね」

「そうですね、スズさん。どの口が言ってるのか…」

 まりかは顔を上げる。そのまま、黙って睨みつけた。

「誘拐犯」と呼ばれている限り、いや、もともと、高圧的な彼女たちには、まりかの言葉は伝わらないだろう。だから、喋ることはしない。

重たい沈黙が続いた。

「まりかさんは…誘拐犯なんかじゃありません…!」

 この沈黙を破る、泣き出しそうな声がした。

 舞佳が声を上げたのだ。

「舞佳…!」

 まりかがハッと気づき、舞佳に駆け寄る。

 舞佳は泣き崩れていた。

「まりかさんは、まりかさんは、私に…!安らぎを与えてくれました!」

「私から何も奪っていない!私を誘拐してなんかいない!」

「舞佳…」

 まりかの頬にも、同じように涙が…伝っていった。


「舞佳、あなた何を言っているの…」

 スズは怒りで震える口元を手で押さえていた。

「これは…」

 サチが険しい表情になる。

 サチの言葉の続きを、スズは忌々しく呟いた。

「誘拐犯を信頼する、ストックホルム…症候群…かしら?」

 スズは自分の言葉に否定するように首を横に振った。そして、唸るように呟いた。

「私の舞佳に近付くな…お前を絶対に許さない」

舞佳に手を伸ばすまりかに向かって行った。

「まりかさん…!」

 舞佳の表情が一変した。

 その瞬間…まりかはスズに押し倒された。

「うっ…!」

「私の…舞佳を…洗脳したのね…!」

「許さねぇ!!!」

 スズに馬乗りされ下敷きになったまりかは、目を見開いた。

 瞳に映っているのは、スズの狂気に満ちた形相だった。

 怒りと悲しみが混ざり合い…見るに堪えない顔をしていた。

 まりかはギュッと目を瞑った。

 その代わり、舞佳がその瞳を見てしまった…。

「やめてーーーーーーーーーーーっ!」

 金切り声で叫んで、舞佳はうずくまった。

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