第19話

 外に連れ出された舞佳は、和花と共に走っていた。

「はぁ…!はぁ…!はぁっ…!はぁっ…!」

 さっきから息は上がりっぱなしで、かなり苦しかった。

 和花のサポートもあり、だいぶ走れたが…


 ビーーーーーーーーーー!!!!!!


「きゃあっ!」

 爆音が耳元で鳴り、舞佳は叫んだ。

 車のクラクション…すぐ後ろに自動車が迫っていたのだ。

 和花は舞佳の肩をしっかりと掴み、急に立ち止まる。


 キィーーーーーーーーーー!!!!!!


 自動車は急ブレーキをしながら、舞佳のすぐ横を蛇行しながら急停止した。




 舞佳は肩で呼吸をしながら、フラフラで倒れ込みそうになるのを必死で堪えていた。呼吸をやっとの思いで整えながら、急停止した自動車の運転席が開くの見ていた。

 そこから出てきたのは…サチだった。

「こんなところまで、よく走ってこれましたね」

 優雅さを備えながら、淡々と歩いてくるサチ…その美しい影は、冷たく恐ろしい闇を引き連れて近づいてくる。

和花は舞佳の手をしっかりと掴んで、サチと向き合った。

「木村…和花先生でしたよね?」

 冷めた瞳で話しかけるサチの落ち着いた冷たい声が、さらに恐怖心を煽る。

 一度整えたはずの舞佳の呼吸はまた荒くなった。

 恐怖に身体を震わせる舞佳を守ろうと、和花は舞佳の手をさらに強く握ぎり直した。

「教育者として、あるまじき行為ではないのでしょうか?生徒を引きづりながら連れ出すなど…」

「教育者だからこそです…舞佳さんの心身を一番に考えた判断です」

「考えた…?」

 フフッと笑うサチ。

 だが、次の瞬間には、面影すら残らないような冷酷さを秘めた鬼のような形相になっていた。

「何でも自分の判断が正しいと思うのが、教育者の軽薄さと薄汚さ…そして無責任さ。聞いていて反吐がでる」

サチは、さらに続ける。

「舞佳のため…?フフッ…偽善も加わるなんて、吐き気しかしない。賢そうなふりをして中身が空っぽの和花先生…やめてくださらない?あなたは、舞佳の事を何も分かっていない」

 その言葉を聞くなり、和花は間髪入れずに

「その言葉、お返しいたします」

 まっすぐにサチを見据えて言った。その視線は揺らぐことなく、サチが備える冷酷さと激昂した感情に負ける様子はない。

舞佳は全身が心臓になったかのように、自分自身の鼓動が鳴り響くのを感じていた。今、舞佳を支えているのは和花と繋いでいるこの手の温もりだけだ。舞佳は、和花の手をギュッと握り返した。

「…教師とは思えない態度ね」

 独り言のように言い、顔をそむけるサチ。ため息をつきながら

「見せたい物があるの」

自動車へ何かを取りに行った。


「これに見覚えあるかしら…?」

戻ってきたサチの手には、一つの袋があった。

「それ…!」

 その袋に反応を見せる舞佳。

 紙の素材で出来た、四角い白色の紙袋。

 「……」

 一方、和花は黙って、紙袋を見つめている。

 あの袋は何か、中に何が入っているのか、和花は知らないのだ。

「舞佳は知っているわよね?」

 サチは腕を伸ばして、勝ち誇ったように見せつけてくる。


「あれは…何?」

 そっと舞佳に訊く和花。

 舞佳は不安そうな顔で答えた。

「あれは、…定さんの…」




 …舞佳は、何日か前にふと目にしたのだ。

 定があの袋から何かを出して、水を飲んでいたことを…。

 そう…あの袋は…


「定さんの…内服薬だと思います…」

「え…!」

 声を上げる和花の身体が一瞬緩む。


「…正解よ、舞佳」

 リンは嬉しそうな声で話した。

「あの子の調べはついているの。欠かすことなく、必ず飲まないといけない薬があるのよね。これがなくなって、さぞかし、困っているでしょうね。今頃、苦しがっているかもしれないわ」

サチはさらに勝ち誇ったような顔をして

「彼女の命が、あなたたちの行動かかっているなんてね。可愛い可愛いあの子を助けたかったら…賢いあなたたちなら、どう行動しなくてはいけないか、分かるわよね」

 …重たい風が吹いた。

この状況は、定が人質に取られたことを意味した。

「……」

 和花は悔しそうに黙っている。

「教育者のそんな苦しそうな顔を見れて幸せだわ。舞佳のためを考えた行動が、他の大切な人たちを傷つけ苦しめる。あなたの浅はかで、薄っぺらい、薄汚れた正義感の結末。なんて愉快なのかしら」

和花は奥歯を噛み締めながら、サチを睨みつけた。

「帰り…ましょう…和花さん」

 怯えた声の舞佳の頬に、涙が伝った。

「舞佳、少しは物分かりがよくなったようね。さ、車に乗りなさい」

 和花は諦めたように一呼吸した。サチに促されるまま自動車へ向かったが、和花は舞佳と繋いだ手を決して離さなかった。


 二人が後部座席に乗ったことを確認すると、サチは感情のままに乱暴にドアを閉めた。

「次、同じ事したら…スズさんが出向きますよ。こんなものでは済まないでしょうね」

 車内のミラーには、運転席で不気味に勝ち誇りながら笑うサチの姿が映っていた。

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