第22話 重要なお知らせ その一

──公式サイト、Tweeterなどで、今回の件に対するデンジラスとライブラの声明が発表された。


「……以上のことから、ネットにおける安易な書き込み、情報の拡散を控えるようお願いします、か」


 外部に対する公的な声明文なので、かなり堅苦しい文章であったものの、ザックリまとめてしまえば『誹謗中傷は止めろ。悪質と判断すれば、ライブラとデンジラスで協力して法的措置を取る』というもの。

 公式からの声明。それも誹謗中傷に対する断固とした姿勢は、多くの暴走したファンたちを正気にさせた──なんてことは当然なく。


「反応を見る限り効果は薄い。そりゃそうだよねぇ……」


 予想通りの展開に、自然と嘲笑が浮かんでしまう。公式からの声明文を出そうが、頭の沸騰した馬鹿たちは止まらない。

 もちろん、効果が皆無ということはない。少なくない人数が正気に戻ったことだろう。だがこれは数の問題じゃない。そもそもからして、誹謗中傷をするような奴らは少数なのだから。

 マトモな人間はネットで他人を下げるようなコメントなんか書かない。不満は心の中で呟くか、リアルで知り合いに愚痴るだけだ。

 少しだけ感情的になりやすい人間は、お気持ち程度のコメントでお茶を濁す。具体的に悪意を主張しないし、自分の感想の範疇を逸脱するような内容は書かない。それぐらいのリスクマネジメントはする。

 ここまでが大多数。一般的な良識と認識を備えた者たち。彼らは最大勢力であるが、マトモだからこそ声をあげない。結果として目立たない。

 声が大きいのは、いつだってマトモじゃない少数派だ。特に今回のような事例に関しては、断言してもいいぐらいにはそんな奴らばっかりだ。

 だってそうだろう。外野の分際で、当事者のように声高に文句を叫ぶ奴らなんて、自分の感情優先で他人の権利を踏みにじるロクデナシ以外のなにものでもないのだから。

 生半可な冷水では意味がない。マトモな感覚をしていないから止まらないし、無駄に声もデカイから減ったように感じない。


「……さて、諸々の設定よし」


 だから潰すのなら徹底的に。弩級の冷水を浴びせかけ、どれだけ危ない橋を渡っているのかを突きつけなければならない。


:そろそろか

[メッセージが削除されました]

:大丈夫かな

:大切なお知らせってまた不穏な

[メッセージが削除されました]

:今日は一段とモデレーターさんたちが頑張ってるな

:消されるコメが多いなぁ。まだ配信開始前だぞ……


 配信開始前にもかかわらず、コメント欄の動きは随分と速い。公式が声明を出したばかりであるし、それだけ注目度が高いということなのだろう。あと、配信タイトルが【大切なお知らせ】という意味深なものなのも要因か。

 コメントの割合としては半々。心配してたり、分別あるものが五割。ライン越えではないが非難よりのお気持ちが三割。アウト判定でモデレーターさんたちから削除を食らっているものが二割。

 マトモなリスナーたちは安心して欲しい。意味深なタイトルをつけているが、特に悪い報告はないから。ただ今後の方針を話すだけだから。


「よしっ。配信スタート」


──そして、なお騒ぎ立てる馬鹿たちは覚悟しろ。お前たちには、引き際を見誤ったことを教えてやる。人生を棒に振るかもという恐怖を抱き続けろ。


「はい皆さんこんばんは。なにかと話題に尽きないデンジラスのスーパー猟師、山主ボタンです。今日は重要な報告をさせていただくために、こうして枠を取らせていただきました」


:きちゃ

:待ってたぞ山主

[メッセージが削除されました]

[メッセージが削除されました]

:ウタちゃんを助けてください!

:ウタちゃんは助けてくれるんですか?

[メッセージが削除されました]


 挨拶と同時に一気に加速するコメント欄。……控えめに言って地獄だなコレ。テコ入れ前から誹謗中傷とかはされてたけど、ここまでエグい気配は漂ってなかったぞ。

 個人的な感覚だけど、削除されるようなコメントは気分的には全然マシで、一番気持ち悪いのは『ウタちゃん〜』とかそっち系。本人的には悪意を向けているつもりはないのだろうけど、無自覚な独善が漂ってきて不快感が凄い。

 そもそも公式がその手のコメントを控えろと声明を出しているし、それ以前のマナーだろうに。配信主が話題に挙げていない状況で、他の配信者の名前を出すのはご法度だってのはさ……。

 自分のお気持ち優先の気味の悪さがプンプンするというか、文面から会話が成り立たない人種というのが伝わってくる。

 こりゃ多くのVTuberが病むわけだ。少数のアンチの声を気にしてしまうというのも納得。明らかに異質だから目につくし、話が通じないと直感で理解できてしまうから気分が悪い。相互理解不可能な敵性エイリアン、それも複数から監視されてると考えれば、そりゃ怖いし気持ちが悪い。

 荒事に慣れている俺ですら軽く鳥肌が立ったのだから、一般的な配信者なら推して知るべしというやつだろう。


「で、重要な報告とはなんぞやという話になるのですが、まあ皆さん既にお察しの通り、俺のツイートを発端とした騒動についてです」


 ま、それでも構わず突き進むっきゃないのだが。推しに美味いものを食べさせたいと思ったから、今こうしてVTuberをやっているように。子猫君の命に対して責任を負うと誓った以上は、降りかかる火の粉は払わねばなるまい。


「まず第一に、今回の件で看過できないコメントがネット上で散見されています。俺に対する誹謗中傷はもとより、俺の飼い猫となった子猫君に対する加害ツイートの数々。特に子猫君に対するものは酷い。気に食わないとか、そういう個人的な感情論ならまだしも、危害を加えることを仄めかす、または堂々と宣言するのは看過できない」


:それはそう

:流石にそれは草も生えない

[メッセージが削除されました]

:それよりウタちゃんについて、どう考えてるか説明してほしいです!

:アンチ君さぁ……

[メッセージが削除されました]

:ここまで言われてなお、削除されるようなメッセージを打てるとか……


 コメント欄の流れる速度も、内容の比率もほぼ変化なし。やはりというか、公式が法的措置を持ち出してなお騒ぐ奴らは、その辺りの気合いが違う。端的に言ってしまえば、救いようのない馬鹿野郎だ。


「……OK。了解。あー、なにもしてない人たちには申し訳ないんだけど、少しだけ我慢してください。暴走しているのが、ファン全体の中でも少数派なのは、いやひと握りにも満たないごく一部ってのは分かってる。それでも、これはやらなきゃ駄目なことだから」


 先に謝罪を。これから割りを食う羽目になる一般リスナーたちには、心の底からのゴメンなさいを。

 でもこれは一種の治安維持活動だ。今後のことを考えれば、見せしめは絶対に必要だ。賛否両論、いや違う意味でまた炎上しそうだけど、真正面からぶち抜いた方が手っ取り早い。


「そんなこんなで、複数のアカウントに対して開示請求をかけました。また、危害を仄めかす内容につきましては、警察に被害届けを提出し受理してもらいました。──心当たりのある奴らは震えて眠れ、馬鹿野郎が」


 さあ、ここまできたら遠慮は不要だ。意識を切り替えろ。気配に怒気を。声音には敵意を。安全圏と勘違いして騒ぎ立ててる馬鹿どもに、法という名の鉄拳を喰らわせてやろうか。

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