矢避けの加護

 志波姫神華は赤谷誠の真剣な顔つきに目を丸くしていた。覚悟の表情だった。志波姫は赤谷のそんな顔を見たことがなかった。


 赤谷は意を決したように巨大なピザ生地のように展開した『重たい玉アノマリースフィア』から飛びだした。


 アイザイア・ヴィルトは指でコインを弾いた。狙いは赤谷の胴体だ。赤谷は反応できない。銀の聖女が『クレイジースイス』で撃ち出すスイスフラン硬貨は初速にして340m毎秒を越えている。


 赤谷にコイン弾を見切ることは不可能に等しかった。だが、手段がないわけではなかった。赤谷は展開した鉄球盾から飛び出すなり、撃たれることを予測していた。そのために腹を括ったのだ。当然、容赦なく撃ち殺されることに気持ちのうえでは覚悟をしていた。


 コインに胸部を貫かれる直前、赤谷の身体がチャンネルが切り替わったかのうように凄まじい速度で動いた。

 身を前へ傾けて、射線上から逃れた。結果、コインの不意撃ちは、赤谷の肩をわずかにかすめるダメージを与え、背後の壁に弾痕を刻むだけに終わる。


(避けた。見えている……いや、反応速度がはやすぎる気がする)

(スキル『瞬発力』を使えば俺でも避けられないことはない)


 赤谷は最初に撃ちだした鉄球へ手を伸ばした。鉄球はめりこんでいた壁からひとりでにボコっと抜けるとまっすぐ赤谷のもとへ。


(特定の物体を引きよせるタイプのスキル。あるいはあの鉄球自体が異常物質で所有者のもとへ戻ってくるのか……赤谷が『発射』『射出』『撃ち出す』そういった類いのスキルを持っていたのなら、理にかなってる)


 ヴィルトはわずかなやりとりから、未知数な赤谷の戦力を推測していく。


(どのみち赤谷は鉄球を撃ち出し、手元に戻すことができる。鉄球にこだわるということは、撃ち出せるものに制約がある証拠。私の『クレイジースイス』と似ている。ただコインより重たいし大きい。当たればダメージは大きそう)


 ヴィルトは腰のベルトのコインホルダーへ手を手を伸ばす。ベルトにひっかけることができ、30枚(5枚×6セット)まで収納可能で、片手で簡単にコインを取り出せることから彼女が愛用しているダンジョン装備だ。左右の腰の前後に1つずつ計4つベルトにつけていたが、ここまでの戦闘で消耗していたせいで、ホルダーにコインが残っていなかった。

 しまった、と思いながらスカートのなかへ手を伸ばし、払うようにひらりっとめくれあげる。赤谷は目を大きく見開き「だ、だにぃ!?」と声を漏らした。健康的な太ももとチラリが露わになり、可愛らしい下着へ視線を強制誘導させられては男は敵わない。


(おのれヴィルト許せんありがとうございます)


 動揺する赤谷。

 ヴィルトは童貞に構わず、太ももに巻かれたガーターリングに収められた第5のコインケースへ手を伸ばしたかったのだ。


 コインケースを手に取るなり、ベルトに新しく引っ掛ける。ヴィルトはコイン5枚1セットを右手に握りこみ、1枚を人差し指の関節に乗せ、親指で弾ける位置へもっていく。


 鉄球が飛んでくる。ヴィルトがもたついていたからだ。赤谷は彼女がリロードしている間に鉄球を手元に戻して、そして再び放つだけの時間を得ていた。


 だが、鉄球は当たらない。

 ヴィルトのすこし前で不自然に軌道がまがって外れてしまう。

 

(パッシブスキル『矢避けの加護』。子供のころ父に跳弾で撃ち殺されかけた。けど、偶然にもその軌道は逸れた。私の顔のすぐ横だった。あの九死に一生を得た事故から発現したスキルだ。これがある限り飛び道具は私にはあたらない)


「外した……!?」


 赤谷は奇妙な軌道で逸れてしまった鉄球から、ヴィルトには何かしら手段があることを理解した。


(どんなスキルだ? わからねえ、でも、鉄球が当たらないことはわかる)


「チェック」


 ヴィルトはコインを弾く。

 赤谷は2つ目の瞬発力を使い、コインを回避する。


(また異常な加速をした。やっぱりスキルを使ってる。パッシブスキルかな? それともアクティブ? それなりに強力なスキルに見える。コストは重たいのかもしれない。攻撃を重ねて消耗させようかな)

(鉄球を撃ったら手元に戻さないといけない。鉄球は2つあるが、志波姫を守るための盾を動かしたくない。何か別のもので攻撃を代用すれば攻撃頻度を高められるか?)


 赤谷は咄嗟の思いつきを実践した。

 足に力を込めダンジョンの床を踏み砕いた。

 飛び散る製造年不明の石煉瓦の破片、それを握り『筋力で飛ばす』を作用させた。破片は恐ろしい速度で発射された。しかし、『矢避けの加護』によってヴィルトの顔を勝手に逸れようとする。


「ここだ! まがれ!」


 破片には『曲げる』が事前に付与されていた。

 スキルコントロール━━発動の遅延と拡大解釈である。

 赤谷はツリーキャットとの助言を得て、さまざまな試行錯誤を行い、無意識に制限していたスキルの可能性を解き放ったのだ。

 

 曲がった石煉瓦の破片は、ヴィルトの側頭部へ向かう。

 ヴィルトは蒼い瞳でチラッと破片を見やる。

 破片は滑らかに軌道をそれて壁に衝突してしまった。


「いま曲がってきたね。思ったより多彩だね、赤谷」


(曲げても当たらないのか!? なんだよそのオート回避!)


 ヴィルトがコインの弾いた。

 赤谷は3つ目の瞬発力を使ってまたしても回避する。


(もう瞬発力を使い切った……! なんとかしないと)


 赤谷は手のひらを開いて、空をつかむような所作をする。

 次の瞬間、ヴィルトが弾かれたように大きく姿勢を崩した。

 肩を銃弾で撃たれたかのようだ。


「……ぇ?」


 ヴィルトはなぜ自分が攻撃を受けたのか理解できていなかった。

 今、赤谷誠は『かたくなる』で手元の空気(体積は鉄球と同程度)を固め、飛翔物を強引につくり出し、『筋力で飛ばす』によって対象を攻撃したのだ。

 それはすなわち不可視にして無限の弾だ。


(そういうことか、ヴィルト。さてはお前、自分で認識してるものしかオート回避使えないんだろ)


「へへへ、わかっちゃったぜ(ニチャア」


 赤谷は勝機をみいだし、粘着質な笑みを浮かべた。

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