3つ目の種子:女子寮裏の戦い
━━高橋理玖の視点
「全部、全部、遺伝子のせいなのだ、親ガチャ外れたせいなのだ!」
太りやすく、顔は整っておらず、自分に自信がなかった。
友達もおらず、異性とまともに話したことなど数えるほどしかなかった。
常にクラスの日陰者として過ごし、しかし、英雄高校への進学が彼の人生を変えた。━━否、変えるはずだった。
天下の英雄高校へ行っても、高橋理玖の人生は劇的には変わらなかった。
彼は1,000人に1人の才能を持っていたが、同じ才能を持っている探索者たちのの卵のなかでは、まるで特別ではなかったのである。
彼は再びの劣等感を感じることになった。
その劣等感の感情はぶくぶくと膨らんでいき、その腐敗した心は、邪悪へ傾倒しやすくなっていた。ゆえに彼は見初められたのだ種に。
「はぁ、はぁ、我も、この種の力を使えば、望みを叶えられるのだ……!」
高橋理玖は寮の自室に貼ってある写真を見つめる。
写真には凛とした表情の、袴姿の美しい少女が映っている。
「志波姫神華、はぁ、はぁ、我も、我だって、選ばれし者なのだよ……!」
━━赤谷誠の視点
夜空には星が爛々と輝いている。
春が終わり、夏が近づいてきている、だが、まだ夜は肌寒い。
俺はジャージをチャックを上まであげ、男子寮の前でストレッチをする。
「それでどこのどいつをぶっ飛ばせばいいんだ」
「にゃん(訳:ターゲットは女子寮に近くにいるはずにゃん)」
「女子寮? もしかしてこの学校の生徒なのか、てか、女の子か? 女子をぶっ飛ばすのはちょっと気が引けるな」
「にゃん(訳:日頃から志波姫神華にしている行いを思い出すにゃん。今更、そんな女子に優しい雰囲気出されても困るにゃん)」
志波姫は別だ。あれは俺に散々嫌なことしてきてる。
とはいえ、俺が迷惑なことしているのも事実ではあるのだが。
「にゃん(訳:その前にひとつ渡すものがあるにゃん)」
ツリーキャットはどこからともなく注射器をとりだした。
薄汚れた汚らしい注射器である。
「なんだこれ」
「にゃん(訳:『蒼い血』にゃん)」
言われてもわからんのですが。
アイテム表示が出ているので異常物質ということだろうか。
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『蒼い血』
古の魔術師が使っていた医療器具
HPをMPに変える効果をもつ
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「にゃん(訳:赤谷くんはいまMPがなくて雑魚状態だから、この注射器で準備を整えてからいくにゃん)」
「気が利くじゃないかツリーキャット。ありがたく使わせてもらうぜ」
使い方は一度刺すことでHPをシリンジ内に取り込み、シリンジ内でHPをMPに変換し、もう一度刺すことでMPを回復することができるらしい。
そんな何度も刺したり抜いたりして平気なのか、甚だ疑問ではあるが、まあものは試しだ。
古びた注射器で手首に刺す。
すると蒼色の液体がシリンジ内を満たした。
この状態でもう一度刺して中身の蒼いやつを体内に戻すのか。
なんだかすごい虚脱感が襲ってきてるけど、まあいい、恐る恐る実行する。
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【Status】
赤谷誠
レベル:0
体力 1 / 100
魔力 22 / 400
防御 0
筋力 30,000
技量 300
知力 0
抵抗 0
敏捷 0
神秘 0
精神 0
【Skill】
『基礎体力』
『基礎魔力』×4
『基礎技量』×3
『発展筋力』×3
『かたくなる』
『やわらかくなる』
『くっつく』
『筋力で飛ばす』
『引きよせる』
『とどめる』
『曲げる』
【Equipment】
『スキルツリー』
『重たい球』
『蒼い血』
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おかしいな。MPが22しか回復してない。
「にゃん(訳:赤谷くん、すでにボロボロすぎてMPに変換するためのHPすら残ってなかったにゃん)」
「そういうことか……俺、HP1になっちゃったよ、これで戦うのは無理だって」
「にゃん(訳:仕方ないにゃん。これを使うにゃん)」
ツリーキャットはドリンクを渡してくる。
特徴的なデザインのアルミ缶のそれは、即効性の回復薬である、
通称:麻薬型回復薬と言われており、すぐにHPを回復できるが、体には悪い。
なのであまり使うことは薦められていない。
俺はエナジードリンクみたいなそれを受け取り、グビっと240ml飲み干した。
味は美味い。刺激的な風味があとに残る。
よし、エネルギー補給完了。
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【Status】
赤谷誠
レベル:0
体力 100 / 100
魔力 22 / 400
防御 0
筋力 30,000
技量 300
知力 0
抵抗 0
敏捷 0
神秘 0
精神 0
【Skill】
『基礎体力』
『基礎魔力』×4
『基礎技量』×3
『発展筋力』×3
『かたくなる』
『やわらかくなる』
『くっつく』
『筋力で飛ばす』
『引きよせる』
『とどめる』
『曲げる』
【Equipment】
『スキルツリー』
『重たい球』
『蒼い血』
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「にゃん(訳:その注射器は刺し加減でどれだけのHPをMPに変換できるかを調整できるにゃん)」
ということで、HP50をMP50に変えておいた。
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【Status】
赤谷誠
レベル:0
体力 50 / 100
魔力 72 / 400
防御 0
筋力 30,000
技量 300
知力 0
抵抗 0
敏捷 0
神秘 0
精神 0
【Skill】
『基礎体力』
『基礎魔力』×4
『基礎技量』×3
『発展筋力』×3
『かたくなる』
『やわらかくなる』
『くっつく』
『筋力で飛ばす』
『引きよせる』
『とどめる』
『曲げる』
【Equipment】
『スキルツリー』
『重たい球』
『蒼い血』
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これだけあれば、まあ戦えないことはないだろう。
俺のスキルはみんな【コスト】MP10のものが多い。
現在、回数で数えて7回のスキル使用が可能だ。慎重に行こう。
俺はツリーキャットと一緒に女子寮にやってきた。
当然のように男子禁制の建物であるわけで、何なら近づいているところを先生に見つかっただけでも怒られる場所だ。
「俺、こんな建物に入る気になれないんだが。英雄高校を追い出されたらマジでおしまいだよ」
「にゃん(訳:大丈夫にゃん。建物のなかに入る必要はないにゃん。こっちにくるにゃん)」
ツリーキャットは建物を迂回するように隣の建物の影へ。
細い通路が建物と建物の間にあり、そこを進むと、女子寮の裏手へ回り込めるらしい。こんな道があったなんて、全く知らなかった。
「お前、女子寮にはよく来るのか」
「にゃん(訳:というより、ここに住んでるにゃん)」
「え……?」
「にゃん(訳:いたにゃん! 赤谷くん、身を隠すにゃん!)」
言われてサッと俺たちは物陰へ。
ツリーキャットの黄色い視線の先、湯気がもくもく出ている窓がある。
まさかあれはお風呂の窓……! 女子寮の風呂!? 高まってきた!
「ツリーキャット、もしかして日頃頑張っている俺に秘密の覗きスポットを教えてくれようっていうのか? ありがとうございます」
「にゃん(訳:学校を追放されたいにゃん? 見るにゃ、窓のそばに人影があるにゃん)」
本当だ、よく見ると人影が……何だあれは?
窓から溢れる湯気によって、人間の輪郭らしきものが浮きあがっている。
「にゃんにゃあ(訳:透明人間にゃん)」
「透明人間? まさかスキルの能力で? すげえな。俺も欲しい……」
あれがあれば俺もお風呂を覗き放題に……。
「にゃん(訳:アダムズシードは邪悪な心を抱く者を誘惑し、その闇と力を増幅させるにゃん。あの透明人間からアダムズシードを取り上げるにゃん!)」
よかろう。
こっちは種が欲しい。
奴は悪党というわけだ。
悪党は痛めつけても心が痛まない。
うむ、利害は一致しているな。
俺はこっそりと透明人間の背後へ近づく。
湯気のお陰で透明人間の姿はうっすら見えている。
そーっと、そーっと近づく。
対象は女風呂に夢中なようでこちらに気がつかない。
今だ! 喰らえ、我が第一の必殺技『志波姫破り』!
『やわらかくなる』+『かたくなる』コンビネーションで完全拘束を試みる。
透明人間の背後、1mまで近づき、俺は地面へ手を当てた。
「むほぉあ!?」
「今更気づいても遅いわ、透明人間、捕らえたり!」
「とうっ!」
透明人間はやわらかくなった地面に急速に沈んでいくはずだった。
まさか機敏に反応し、沈む前にジャンプして避けられるなんて。
透明人間は姿を露わにしながら、空中で一回転して体操選手みたいに着地する。俺と同じジャージ姿だった。やはり学生だ。かなりの肥満体型で、指貫グローブをし、丸眼鏡をかけている。
「くっ、びっくりして透明のスキルを解除してしまった」
「お前が透明人間の正体か。どこかで見た顔だな。1年生だろ」
「そういうお前はレベル0の赤谷誠ではないか」
「え、ええ、俺のこと知ってるのかよ」
「ああ、クソ雑魚で有名であるぞ」
デブ野郎はニヤリと笑みを深める。
「バレたのがお前でよかった。お前ごときなら容易く消せるだろうな。今夜、目撃者はいなかったことにしよう」
「お前、落ち着けって、正気になれよ」
「我は選ばれし者、高橋理玖。冥土の土産に教えておいてやる!」
よほど自信があるのか、高橋は拳を握りしめざっと向かってきた。
速い。俺より遥かに速い。あんな体型なのに。敏捷ステータスの差か。
「スキル発動━━『透明化』!」
姿が完全に見えなくなる。
これではどこから攻撃が来るかわからない。
「こっちだ!」
視界がぐわんっと弾かれた。
殴られた。痛い。くそ痛い。
くっ、このままではまずい。反撃しないと。
「喰らえ、アノマリースフィア!」
「どこを狙ってる、我には当たらん」
放った鉄球は高速で飛んでいき、地面に陥没させるだけに終わる。
凄まじい速度と破壊力で、地面に直径1mほどのクレーターができていた。
高橋は透明化を解除しながら、呆けた顔でクレーターと俺とを交互に見てくる。いや、そんな顔されても。俺もびっくりなんだけど。え、強くね、筋力で飛ばすとそんなパワーでるの?
「その鉄球に当たるわけにはいかんな」
「当てれば俺の勝ちだ」
「ふっ、当たれば、だがな」
高橋は再び、夜の闇に溶けるように姿を見えなくさせる。
今度は左側から殴られた。俺は膝をつく。
痛々しい喋り方の癖にクソ強いんだが。
アノマリースフィアを闇雲に放っても仕方がない。
俺は腕をぶんぶんっと振りまわす。
当たれ、当たれ、当たれ、当たれ、当たれ!
腹パンを喰らわされる。
胃の内容物が飛びだす。
「透明とか、ずるいだ、ろ……おええ……っ」
「言ったはずだ。我は選ばれし者だとな。赤谷誠よ、お前はゴミだ。自分の無能を呪うがいい!」
「女風呂覗いてるような野郎にぶっとばされるのか、俺……」
また鋭い打撃が俺の腹を打った。
痛みにえづく。
「へへへ」
「何を笑ってる、何がおかしい、赤谷誠。む? な、なんだこれは、離れない……だとっ」
「はぁ、はぁ、ようやく捕まえた……透明化してるから調子乗っちゃたかぁ、気をつけないとだめだろう……じゃないと、くっついちゃうぞ?」
「ぐっ! この、離せ!」
俺自身に『くっつく』を付与しておいてよかった。
これなら見えなくたって当てられる。
俺は拳を握り締め、およそ体があるだろう空間を殴りつけた。
手応えあり。透明化が解除される。
俺の拳は高橋のデカい腹に突き刺さっていた。奇しくもジャストヒット。
「な、なんてパワーだ……!? レ、レベル0のはずじゃ……っ!」
高橋の体は勢いよく吹っ飛んでいき、壁にぶつかった。
盛大に粉塵をまきあげる。ツリーキャットがサッと飛び出し、粉塵のなかへ。
「にゃん(訳:アダムズシードゲットにゃん♪)」
ツリーキャットは気絶した高橋の近くでゴソゴソすると、キモいクルミを口に咥えて、うれしそうに戻ってきた。
「ん?」
崩れた壁の向こうから湯煙がもくもくして出てきた。
あれ。もしかして今壊れた壁って……お風呂の壁……。
気がついた時には湯煙の向こうに人影がいた。
濡れた艶やかな黒髪、こちらに向けられた背中は細く、しなやかで腰の儚げな曲線が視線を惹いて離さない。
少し目線を高くすれば、タオルを胸元にあて、お風呂の温かな空気さえ凍りつきそうなほど冷たい眼差しをこちらへ向ける志波姫神華がいた。
じょ、女子の裸、ほ、ほんものだ、なんてえっっっっっ! いや、そんなこと思っている場合ではない!
「あ、あ、その、えっと、これは、これには本当に理由が、あってだな……!」
「砕けなさい、赤谷くん」
鋭い衝撃が身体を貫く。
俺の意識は闇のなかに沈んでいった。
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