第104話
今日は我が家で勉強会をすることになった。
勉強会をしようと話した翌日に行うことになるとは思っていなかった。
場所については図書館とか別のところも考えたのだが、教え合うためには声を出さないといけないからあまり向いていないという意見が出て、声を自由に出せて落ち着ける場所、と言うことで我が家に白羽の矢が立った。言い出したのは晴だけど、美彩もそれに乗っかってしまったのだ。
昨晩、母さんにその話をしたら、少し考え込んだ後「いいわよ」と了承してくれた。母さんは家にいるみたいだが、またもや父さんは出かけるらしい。今日はゴルフみたいだ。
久しぶりに休日に家にいることになるが、二人が来るのだから休息とは言えない。
二人が来るまでに、昨晩寝落ちしてできなかった部屋の掃除をしていると家のインターホンが鳴った。
すぐに階段を下りて出迎えようとするが、既に母さんが対応していた。
「お久しぶりです、蓮兎くんのお母さん。本日はお邪魔します」
「お邪魔しますっ」
「いらっしゃい。ゆっくりしていってね。それで……うん、ちゃんと手土産は持ってきていないみたいね」
「あ、あの。本当によかったんですか? お休みのところ、あたしたちお邪魔しちゃうのに」
「いいのよいいのよ。息子の友達からそんなに貰えないわよ。さて、そのバカ息子は……あ、来たわね」
「バカから脱却するために今から勉強会するんだよ」
「冗談よ、そんな間に受けないで。あんたの成績は知ってるんだから、学力に関してバカだとは思っていないわよ」
「他ではそう思ってるのかよ。はあ。2人ともいらっしゃい。母さんは放っておいて俺の部屋行こう」
先手を打たないと母さんの支配下になってしまうため、俺は逃げるように二人を自室へ誘導した。
以前もそうだったが、2人は俺の部屋に入るなりキョロキョロと見渡して観察を始める。気持ちは分かるが、どうかやめていただきたい。
「今日も片付いているけれど、前ほどではないわね」
「今朝、突貫工事でやっただけだからな。普段はこんなもんってことよ」
「あ、トルパニが本棚にあるじゃん。本当に時間なかったんだね」
「あ……マジかぁ」
俺が愛読しているマンガ、トルネードパニック。通称トルパニ。少しエッチなマンガだから以前は隠していたんだけど、今回は時間がなくて隠すのを忘れていた。
「晴。トルパニって何?」
「レンが好きなマンガだよ。レンが好きって聞いて、実はあたしも読み始めたんだー」
「……へぇ、そうなの。蓮兎くん、ちょっと借りてもいいかしら。私も読んでみたいわ」
「い、いやー、美彩には合わないと思うぞ。明らかに少年向けだしそれ」
「なによそれ、気に入らないわ。晴も読んでいるのだから、女性も楽しめるものでしょう。借りるわよ」
美彩は怒った調子でそう言い捲し立てて、俺の許可を待たずにトルパニの一巻を手に取り読み始める。パラパラとページが捲れていく度に、彼女の表情から怒りが消えていき、次第に赤みを帯びていく。
「な、なななにこよこれ。風で飛ばされた女の子が男の子の顔の上に! ス、スカートの中に男の子の顔が!」
「美彩がパニックになっちゃった」
「いや言ってる場合か。み、美彩ー。そんな感じのノリが続く作品だからさ、無理そうだったらそこらへんで——」
「い、嫌よ。蓮兎くんの好きなものは把握しておきたいもの。私は読むわよ……」
美彩はそう言って、耳まで赤くしながらトルパニを読み進める。俺はそんな彼女の横顔に見惚れてしまう。
「ね、ねえレン」
「ん、なに?」
「あのね、レンって何巻が好きかなって。あたしはね、4巻が推し! だってフウちゃんの初登場回だもん!」
晴は4巻を手に取り、その表紙を俺に見せてくる。
俺はその表紙に少し思い入れがあり、少し目を細めて頬が緩む。
「俺も4巻だよ。実はそれが最初に読んだ巻なんだ」
「えっ、そうなんだ。えへへ。でも、どうしてこんな中途半端なところから?」
「当時の最新巻で、店頭に置かれているその本の表紙に惹かれて買ったんだ。それが、俺がトルパニを読み始めたきっかけ」
「へぇ〜そうなんだ。4巻にはフウちゃんとタツマキちゃんが一緒に描かれてるけど、その、レンはフウちゃんの方に惹かれたんだよね!」
「う、うん。そうだよ」
「えへへへへへ。そうだよね、レンはフウちゃん推しだもんね!」
晴の質問に対して肯定してやると、晴は上機嫌になっていく。
「あ、そうだ。ねえレン。この前見せてもらったアルバムをまた見せてほしいの」
「え。別にいいけど、今日は勉強を……」
「すぐに終わるからさ! ほら、美彩がトルパニ読んでるから、その間だけでも! ね!」
「う、うーん。わかったよ。それで、いつのやつ?」
「卒園アルバムと卒業アルバム、全部!」
「全部って、本当にすぐ終わる?」
「うん。アルバムの全部見るわけじゃないから」
半信半疑ながら、俺は晴ご要望のアルバムを彼女に手渡す。
すると、本当に晴はアルバムの一部を見るだけで、アルバム鑑賞はあっという間に終わった。
でも、どうして俺の同級生の写真と名前が載っているページばかりを見ていたんだろう。
* * * * *
今日は勉強会をするためにレンの部屋にやって来た。
あたしとしては別の目的があって来たんだけど。
あたしはレンにお願いして、この前見せてもらった卒園アルバムと卒業アルバムを再び見せてもらった。
レンのこれまでの同級生に蘭って名前の人は1人もいなかった。幼稚園にも、小学校にも、中学校にも。高校はあたしも一緒だから、流石にいたら分かる。
同級生じゃないなら卒アルから分かることなんてあんまり無いよねって思いながらページを適当にめくってたら、例の写真が目に入って手を止めた。縦割り班の集合写真だ。
……うぅ。写真だから当たり前だけど、相変わらずレンにベッタリな子を見るとムカムカしてしまう。前は気づかなかったけど眼鏡のツルの部分が見えるから、この子は眼鏡をかけてたのかな。……そんなことどうでもいいや。もう見ないでおこ。
結局収穫はなかったけど、久しぶりにレンの部屋に来れて嬉しい。
どこにいてもレンの匂いがして幸せな気分になってくるが、今は勉強に集中しないと。
夏休み前の模試が近い。それまでに数学と物理を強化しないと、あたしの理系進学を美彩に認めてもらえない。
数学はレンに助けてもらいながらも家で自習して、最近いい感じになってきた。高校受験時代の感覚を取り戻しつつあるかもしれない。
でも、物理だけはなかなか改善されない。レンに教えてもらって理解できた気がしても、いざ問題に取り掛かると何も理解できないことに気付かされる。これの繰り返しだ。
でも今日はレンが隣にいてくれる。たくさん教えてもらうチャンスだ。集中して、今日こそ物理の苦手意識を克服してやる!
……っと、早速わからないところが出てきた。
「ねえレン。ここなんだけど」
「ん? あー、波動か。波動の問題は癖があるけど、覚える公式は少ないからその癖さえ捉えられればいけるはずだよ。えっと、この問題だと……」
レンは教科書を使いながらこの単元について丁寧に説明してくれた。すると、あたしもなんとなく理解できたような気がして、この問題に当てはめたらどうなるのかを考えてみる。
……うぅ。やっぱり分からない。この現象がどんなものかは理解できたけど、それで何をどうしたらこの問題は解けるの。
あたしが一向に問題を解けるようになる様子を見せないため、レンも困った表情を浮かべてしまう。ごめん、ごめんねレン。あたしがバカだから、レンにそんな顔をさせちゃって……
「晴。蓮兎くん。少し、私が教えてもいいかしら」
「え」
「俺は別にいいけど……晴」
「う、うん。あたしも別に……お願い、美彩」
レンの教え方は決して下手じゃなかった。バカなあたしに寄り添ってくれて、とても丁寧に説明してくれて助かっていた。
だけど美彩の教え方は断トツに上手だった。あたしが理解できていないところをズバリ言い当てて、その点についてとても分かりやすい解説をしてくれる。
そして、美彩のおかげで今まで全く解けなかった問題が簡単に解けるようになった。解けるようになってしまった。
「み、美彩すげえ」
「ふふ、ありがとう。人に教えてるのって、私の理解の確認にもなっていいわね。晴。今度から私が教えてあげるわ」
「え。でも今までレンに教えてもらってて……」
「うーん、今のを見せられたら、流石に俺の力不足を痛感したよ。晴のためにも、物理は美彩にお願いした方がいいんじゃないか。数学は引き続き俺が担当するからさ」
「……わかった。よろしくね、美彩」
「えぇ。ところで蓮兎くん。あなたの古文の方はどうかしら」
「ありをりはべりむずかしい」
「はぁ。まだ克服できていないのね。ふふ、それなら蓮兎くんにも私が教えてあげるわ。みっちりね」
「乞ひ願はくは、お手柔らかにお願い候」
「ふふ。何よそれ」
気づけば、美彩にレンを取られてしまっていた。
あれ? 今日はあたしの日だったよね。休日だもんね。じゃあ、あたしがレンに甘えていい日だ。
それなのに、どうして美彩がレンとくっついているのかな。いや、美彩はレンに勉強を教えてあげてるだけ。イチャイチャとかしてるわけじゃない。
でも、でも、でも……。
……今は勉強しなきゃ。
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