第61話 想い出、じゃなくて、それは過去
示された現実がどうにも受け入れられない。
出会ってからこちらずっと彼は、いや、彼女は自分のことを”俺”と言っていた。
「なんで・・・・?男の子じゃ・・・?」
「えーっと、その・・・ごめんね?」
何に対してなのか、基がペロっと舌を出して小さく笑った。
それさえも美少年のファンサービスにしか見えない。
それくらい早苗の中では、基=男の子というのが定着してしまっていた。
「お、お、女の子なの!?」
仰天して、大声で叫んだ早苗に、申し訳なさそうな顔で大地が両手を合わせてくる。
「言おう、言おうと思ってたんだよ・・・・っていうか、そのうち気づくと思ったんだよ。さすがに男にしては華奢過ぎだし。だけど、どんどんコレの口は悪くなるし・・・最近じゃあ、どこに行くにもこっちが地になっててさ・・・」
そう言われて見ると、肩のラインはやっぱり華奢で輪郭も腕のラインも柔らかだ。
いつも体型が分からないオーバーサイズのトップスに緩めのストレートデニムとスニーカーを合わせていたので、基が口にする一人称と、口調と、雰囲気からてっきりそうだと思い込んでいた。
けれど、そう言われてまじまじと見てみれば、女の子ならこれだけ長い睫毛も大きな瞳も納得できる。
・・・というか、何処からどう見ても超美少女でしょ・・・・これ・・・・
こんな美少女に夜中マンションの前まで徒歩数分の距離とはいえ送って貰っていたのかと思うとぞっとする。
むしろあんたのほうが絶対危ないじゃん・・・大地の危機管理どうなってんのよ・・・
美少女ではあるものの、ボーイッシュな格好も彼女にはとてもよく似合っていた。
ジェンダーレスな雰囲気は基の魅力を倍増させているし、短く切られた髪のせいでさらけ出された項は真っ白で純粋で、基の幼さを一層引き立たせる。
彼女がどれだけ乱暴な言葉を使っても、不思議と守ってあげなきゃという気持ちになるのだ。
どこか無垢な印象を抱かせるこの子を前にしたら、どんな人間も悪さなんて出来ないだろう。
「なんでっ・・ええええええ!?なんで!?」
「んー・・・・話すと長くなるからさー。風呂行こう、風呂。風邪ひく」
そう言って、呆然としている早苗の手を引いて基はさっさとバスルームに向かってしまう。
「え、あ、ちょっと!!着替えとかっ!」
「お前なら、俺が着てんのでバッチリいけるからだいじょーぶ。背格好似てて良かったなあ」
そう言って、初めて会った日ベッドを拝借した基の部屋からいそいそとやっぱりオーバーサイズの着替え一式を持ってくる。
・・・なんで?
浮かぶ疑問がいつまで経っても消えてくれない。
・・・・・・・・・
さあどうぞと背中を押されて入ったバスルームからは、甘い花の香りがした。
余所様のお風呂でこんなに長風呂したのは・・・・はじめてかもしれない・・・・
彼らと出会ってから、初めてのことだらけだ。
早苗の部屋の倍はあるだろうバスルームは女子2人が膝を抱えて向かい合って入るには十分な広さがあった。
基はというと、誘ったはいいものの、女の子の友達と二人でお風呂に入るのは初めてだと言って早苗を驚かせた。
それならと目を輝かせた早苗が、髪の洗い合いっこと背中の流し合いっこを嬉々として教えて、二人で大はしゃぎしながら身体を洗って、湯船に身体を沈める。
洋服を纏わない基の身体は、信じられないくらい真っ白で華奢だった。
訊けば、海で泳いだこともないという。
早苗には考えられない環境で育ってきたようだ。
自分とは違う日焼けを繰り返して来た肌のあちこちに見える古傷の痕に、基が何度も驚いて、早苗の武勇伝に笑った。
こうして向き合っていると、男の子に見えていたのが不思議で仕方無い。
こんなに、綺麗な女の子なのに・・・
長いまつげに溜まった水滴が瞬きのたびにぱたぱたと零れる。
頬は上気してほんのり薔薇色で、絵本のお姫様のような可憐さだ。
「くはー・・・癒されるー・・・」
大きく伸びをした基が、早苗の視線に気づいて、ん?という顔を向けてきた。
「・・・一人の時もその調子なの?」
てっきり、対人用の武装かと思ったのだ。
これほど可愛いと誘拐の心配もあるだろうし、芸能スカウトは後を絶たないはずだ。
基は散歩は好きだけれど、誰かと深く関わり合うのは好きじゃない。
早苗を拾ってくれたのは、彼女の心の琴線に触れる何かがあったから、それは奇跡のような偶然のおかげだということは、短い付き合いの中でも理解出来た。
早苗の問いかけに基がきゅっと眉根を寄せる。
「んー・・・最初はさぁ・・・男の目線の話が面白そうだなって思って、わざと男っぽく話すようにしたんだ。ウチって・・・ちょっと特殊な家庭で、家の中でもそんな乱暴な言葉使う人間がいなかったもんだから、マンガとかテレビの見よう見まねでマケしてみたわけ・・・したらさー・・・なんかどんどん板に付いてきちゃって」
悪いことをするたび大声で怒鳴られて、げんこつ御見舞いされていた早苗とはえらい違いだ。
女でも、男でも、父ちゃんは容赦しなかったし・・・・あたしの口の悪さは絶対父親似。
もう慣れちゃって気にもしないけどさ。
早苗の周りで、綺麗な言葉を使うのは、マスターくらいのもんだ。
・・・・さなちゃん・・・・・
柔らかい声と、珈琲の香り。
その隣にいつもあった笑顔。
ちょっとだけ早苗よりも低い声で。
さなえー!!
何度振り向いても、きみは、いない。
「藤野・・?」
前髪をかきあげられてドキっとする。
窺うような声で呼ばれて、我に返った。
お風呂で考え事は良くない。
「あ、ごめん・・・」
「逆上せた?」
「へーき、へーき。そんで?言葉だけじゃなくって、カッコまで男の子みたいにするようになったきっかけは?」
ひらひら手を振って、先を促す。
「・・・あー・・・なんか、街角で、テレビに引っ掛かったから・・」
「テレビ!?やっぱりね!そんだけ可愛いとお声掛かるわ」
「何かの取材らしくってさー。おいくつですか?行きつけの美容室は?好きなブランドは何ですか?って質問攻め・・・うんざりしたよ・・・その次は雑誌のカメラマンに写真撮らせてって言われるし・・・もーぐったり。大地に服買わせると、問答無用で似合うやつ選んで来るからほらこの見た目がより派手になんだよ。分かるだろ?」
予想通りの展開を経て、いまの基が出来上がったようだ。
「んで、それなら、見た目も男になってやろーと思って、出来るだけ体型分かんないよーな服ばっか自分で選んで着るようになってー。あれっていいなー、パーカーとかTシャツって楽ちんなんだよなー。何で昔ブラウスとスカートしか履かなかったのか疑問に思うよ。こんな動きやすいのにさー・・・」
これだけ可愛いのだから、むしろブラウスとスカートのほうが似合うだろうとは思ったが、何となく言うのをやめた。
いまの基のほうが、早苗的には物凄くしっくり来たので。
「・・・どっちのカッコが好きなの?」
掬ったお湯を基の白い肩にかけてやると、瞬きをした基が嬉しそうに笑って、早苗の肩にも同じようにお湯をかけてくれた。
肌を滑っていくお湯が、途方に暮れてしまいそうなほど柔らかい。
「んー・・・どっちでもいい。ただ、ホントの俺を見てくれるんなら、カッコなんかどーだっていーんだ」
「・・・・うん・・・そうだね」
抱えた膝に顎を乗せて小さく頷いた。
取り繕ってる、隠してる、上っ面のあたしじゃなく。
この中で眠ってるあたしを、ちゃんと見て。
自分を曝け出せない事を棚に上げてそんなことを考えてしまって、苦笑いが零れる。
「おーい!いーかげん上がれよーシャンパン冷えたぞー」
バスルームをノックする音ともに大地の声が聞こえた。
二人は顔を見合せて同時に返事をする。
「「はーい!!」」
バスルームの甘い香りは、もう消えかけていた。
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