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「“魔獣喜劇弾バレットサーカス”ッ!」


 ソフィアが手に持っていたリボルバーを発泡。

 そして、そこから人狼ウェアウルフが飛び出し、腕を振りかぶって鷹一に襲いかかる。


「“正義の十字クロス・ロンギヌス”ッ!」


 鷹一の右拳が、人狼ウェアウルフの顔面を捉える。

 “魔獣喜劇弾バレットサーカス”で飛び出すモンスターはそこまで強くはない。

 あくまで頭数を揃えることに特化した異能力オルタビリティだからだ。


 よろめく人狼ウェアウルフの背後から、スライムが鷹一へ襲いかかる。

 “魔獣喜劇弾バレットサーカス”の中で、スライムはまだ手強いほうだ。

 打撃は効かない。そもそも関節がないので、関節技もできない。投技も同じ理屈で通じない。

 だが、それでも対処法はある。


 鷹一は、腕に巻いた“正義の十字クロス・ロンギヌス”の先端を細く、一直線に伸ばし、固定。

 元はマフラーとはいえ、硬度を高めれば鉈のようになる。


 鷹一はそのマフラーで作った鉈をスライムに振るい、両断した。


 ソフィアの目にも、鷹一の調子ギアが上がっていくのがわかる。

 “正義の十字クロス・ロンギヌス”を適した形態を選び、変形させるスピードも上がっているし、体のキレもよくなっていた。


 しかし、その調子ギアが問題なのだ。


 実況AIが『さあ、両選手! レイズタイムが発動しました!』と、二人に精神通話テレパスを飛ばす。


 鷹一が新たな異能力オルタビリティを発動させないように、ソフィアは“魔獣喜劇弾バレットサーカス”を、もう二発打ち出した。


 そこから飛び出したのは、鳥人間ハーピー岩石人形ゴーレムだ。

 岩石人形ゴーレムは“魔獣喜劇弾バレットサーカス”の中でも、特に強いモンスターである。


 その二体が、鷹一に向かって襲いかかった。


 ソフィアには、この二体で鷹一を倒す事ができないことくらいわかっていた。

 ほしかったのは、自分が最初から狙っていた異能力オルタビリティを選択するほんの僅かな時間だ。


(鷹一……。あなたは確かに強い。でも、AAAにおいて、大事なことがわかってない……)


 AAAは、ただ強い人間が勝てるわけではない。

 強さは前提条件であり、絶対条件ではないからだ。


 大事なことは「こいつは勝てる」と、こと。


 つまり、前半戦でしっかりと相手に勝てることを観客に示す事が大事なのだ。

 だからこそ、ソフィアは少しずつ、鷹一を上回ることに重点を置いて立ち回った。

 最初に鷹一が待ち伏せをすると読み、あぶり出したのもそう。

 鷹一に異能力オルタビリティ無しでやろうと言ったのもそう。


 最後のコースターからの心中もどきは、ソフィアの想定から外れていたが。

 それでも、観客へのアピールには十分だった。


 おかげで、狙っていた異能力二つを獲得することができる。


 鷹一はソフィアの出したハーピーを伸ばしたマフラーで捕らえて引き寄せ、殴り倒し。

 そしてゴーレムは、螺旋状ドリルに変形させた“正義の十字クロス・ロンギヌス”を巻き、その拳で貫いた。


「レイズタイムで能力を得たって、使わせなきゃおんなじだろうがッ!!」


 鷹一はそう言って、自らも新たな異能力オルタビリティを選択。

 それは、風間戦で使った“この身に太陽をジービート”。

 彼の全身をオレンジの炎が包み込み、急加速し、螺旋の拳を突き出した。


 ソフィアがどんな異能力オルタビリティを選択していたとしても、速度と貫通力でなんとでもするつもりだった。


(そして――鷹一は、わからないことがあると、力押しでが基本パターン!)


 ここまで鷹一の戦いを観て、ソフィアが見出した鷹一の思考パターン。

 自分の拳を信頼しているからこそ、迷ったりわからないことがあると、まずは拳を突き出してくる。


 だからこそ、これが効く。


 ソフィアが構えたのは銀色のリボルバー。

 それはどう見ても“魔獣喜劇弾バレットサーカス”だった。


 また、同じ、効かなかった異能力オルタビリティを?


 そうは思ったが、鷹一は関係ねえとソフィアに向かって突っ込む。

 “魔獣喜劇弾バレットサーカス”ならば、何が出ても貫いてソフィアにたどり着くことができる。


「鷹一、異能力オルタビリティには、こういうのもあるんですよ?」


 ソフィアはニヤリと唇を歪め、引き金を絞った。

 銃口が破裂し、そこからは、モンスターではなく、ただの弾丸が飛び出す。


 そしてその弾丸は、鷹一の眉間に激突。

 鷹一の頭が後ろに跳ねて、思わず急ブレーキをしてしまう。


 “魔獣喜劇弾バレットサーカス”じゃない。

 しかし、なんの変化もない。


 じゃあなんだ?


 と、答えがそこにあるかのように、鷹一はソフィアを見た。


 そしてソフィアは、見せつけるように拳銃を軽く振る。

 すると、まるで粉が落ちるかのように、サラサラと色が落ちていき、銀色のリボルバーは、あっという間に金色になっていた。

 中折れ式で、装弾数一発。

 トンプソン・コンテンダーという銃に似ていた。


「これは“黄言銃ゴールドライアー”という、異能力オルタビリティです」


 “黄言銃ゴールドライアー”は中折れ式一発というその構造の通り、試合中一発しか撃てない。

 しかしその分、フィニッシャーとして通用する強力な一発だ。


 見た目を変える異能力オルタビリティである“写偽機イミテーション・ミラージュ”で“黄言銃ゴールドライアー”の見た目を“魔獣喜劇弾バレットサーカス”にする。 


 ここまで鷹一には、散々“魔獣喜劇弾バレットサーカス”を見せつけてきた。


 だからこそ、鷹一の思考傾向なら、見た目さえ騙せば、当てられると思っていた。


「……だから? ダメージなんざ、まるでねえぞ!」


 そう言って鷹一は一歩踏み出し、そして再び“この身に太陽をジービート”で身を包む。


 しかし、一歩踏み出したが、そこから先、何かをすることができなかった。


「“黄言銃ゴールドライアー”この銃の弾丸は、鉛じゃない。言葉ですよ」


「言葉、だぁ……?」


 “黄言銃ゴールドライアー”は、打ち出す前に、マイクに声を吹き込むように、弾倉へ向かって喋りかけることで、打ち込んだ相手への命令をインプットすることができる。


 ソフィアは、鷹一の弱点が「レイズタイムでポイントを稼ぐことの重要性を理解していないこと」と「思考が力押しになりがち」になることだと分析していたが。


 それと同時に、鷹一の強みも理解していた。


 負けがほぼ決定してもなお、夜雲に殴りかかったり。

 コースターから心中のように飛び降りたりしたところからも分かる通り。


 勝利にかける執念が、鷹一の最大の武器。

 ならば、それを折ればいい。


 ソフィアが“黄言銃ゴールドライアー”にインプットし、鷹一に打ち込んだ命令、それは。


「鷹一が戦う理由、それを忘れて」


 ソフィアの言葉に、自分が打ち込まれた命令を自覚した瞬間。


 鷹一の中で、何かが砕けた。

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