30
■
試合前夜。
鷹一はベッドに寝転がりながら、腕に巻かれたギアから空中にウインドウを出現させ、紅音がまとめた、ソフィア・カッティーニの資料を眺めていた。
ソフィア・カッティーニ。
イタリア人。日本に来たのは、一〇年ほど前。
両親の仕事の都合で来たが、その頃の彼女は体が弱かったらしい。
難病にかかり、入院生活が長かった。
そんな時、病院に来ていたボランティアのホスピタル・クラウンに励まされ、病気を完治。
その後、自らもそのピエロのようになりたいと考えたらしく。AAAと大道芸の二足のわらじを履いていたところも真似て、彼女も同じ道を歩んだ。
そして、麗羽にスカウトされ、今のスタイルを身に着けたらしい。
彼女が使うのは、ルチャミーツランカシャースタイルのプロレス。
投げ技や、相手の頭上を飛び越える軽い身のこなしが代表的な、メキシコで有名なルチャリブレ。
そしてサブミッションに特化したランカシャー。
この二つのスタイルを複合して戦うプロレススタイルである。
身のこなし、という一点だけであれば、紅音の評価では夜雲以上だという。
ハイヒールでも高所から楽に着地する、
バニー服姿も、きっとその戦い方をモチーフにした
では、わざわざ
鷹一なら、それは宣戦布告だ。
今ここでやってもいいんだぞ。
言葉にせず、そうアピールするために着ていたのだ。
それは、ソフィアに直接聞いたわけではないので、鷹一の想像でしかないが。
彼の心を燃やすには、十分な挑発だった。
心が、どんどん高まってくる。
鷹一はベッドから降りると、その高ぶりを抑えられず、拳を振るう。
練習したコンビネーションで、相手の顔面を撃ち抜くイメージ。
あとは、これをソフィアにぶつけるのみ。
鷹一は、汗をかくほど熱中し、再び風呂に入ってから、眠りについた。
■
試合当日。
鷹一と紅音は、第一格技場の控室にいた。
柔軟をしながら
「ソフィア・カッティーニは、銃型の
「どういうふうに使うんだ?」
「ルチャリブレの特有のスタイルで、飛んだり跳ねたりする時に、牽制で使うことが多いみたいです。頭上を飛び越された時、背後から首筋だったり後頭部だったり、弱いところに打ち込んで、ダメージを稼ぎつつ、接近したら組んで投げるなり、極めるなり」
鷹一は、その情報を元に、頭の中でシュミレーションをする。
銃系の
そもそも、“
まずは距離を詰め、手数で攻めて組ませない。
それが、現段階で考えうる、ソフィアへの対抗策だった。
「それと、今回のハコは、遊園地での戦いです。舞台が遊園地というだけで、他特別な条件はありません」
「いいのかねえ。向こうさん、なんか提案したりしなかったのか」
学内エキシビジョンでは、互いにルールの追加を提案することができる。
条件を先に満たしたほうが勝ち、というような条件戦を行いたいと提案することもできるということだ。
といっても、鷹一が何かを言い出したりすることはない。
彼はまだ、
「向こうにも、格上としてのプライドがあるんでしょうねえ……。でも、実際、遊園地っていうのは、ソフィアさんには有利かもですよ」
「あん? なんでよ」
「森の中で、あれだけの跳躍をした人ですから。遊園地は、アトラクションがいっぱいあって、高低差があるステージですからね。機動力を活かされると、ちょっと厄介かも。……それに、鷹一さんの、致命的な弱点っていうのも、気になりますし」
「あらから考えてみたけど、結局わかんなかったしな。……まあ、やりながら考えるさ」
言いながら、鷹一は柔軟の最後に首を捻って、拳をグーパーと握りを確かめる。
そして、転送装置へと足を踏み込んだ。
「鷹一さんっ! 負けたら一生恨みますからね!」
「はっ」
負けるかよ、と言おうとして、次の瞬間には、転送が始まっていた。
試合開始だ。
■
鷹一の目にまず飛び込んできたのは、ゴテゴテとメルヘンな造形が施された天井と窓枠だった。
一瞬、どこだここはと戸惑ったものの、遊園地という情報と、窓の外に広がる木馬からすぐにその場所がどこかわかった。
どうやら、メリーゴーランドの馬車の中に座っていたらしい。
『さあ、両選手!
鷹一の脳内に、司会女性AIの声が鳴り響いた。
脳内で「いいぜ」と返すと、ギアからウインドウが飛び出す。
『
そして、その声と同時に、賭けの倍率がウインドウに表示された。
ソフィア・カッティーニ、3倍。
朝比奈鷹一、5倍。
今までやった、誰よりも拮抗している。
それは、さすがに周囲の生徒も、配信を見ている観客も(三条学園での試合はネット配信され、賭けの対象になっている)、鷹一の実力を認めつつあるということだった。
鷹一は、馬車から出ずに“
スタート地点はランダム。
つまり、遠いということも考えられるし、近いということも考えられる。
夜雲戦では思ったよりも近かったというのに、無用心にもエレベーターを動かしてしまって、居場所がバレた。
まず、居場所を把握し、有利な状態で始めること。
鷹一に求められるのは、それだった。
『鷹一さん、私に作戦があるんですけど、いいですか?』
悩んでいると、鷹一の脳内に紅音の声が響く。
今までなら「そんなもんいらねえ」と突っぱねていただろう。
だが、今や彼女を含めて、鷹一自身の力である。
だからこそ、鷹一はすぐさま「頼んだ」と頷いていた。
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