29

 息を切らす麗羽と、それを支えるソフィアの二人が、共に鷹一達の元へ近づいてきた。

 そして、深呼吸をし、呼吸を整えると、麗羽は胸を張って、鷹一を見つめる。

 まるで、威嚇するかのような様子だ。


「アンタが朝比奈鷹一、よね?」


「それ、そこの兎にもおんなじこと聞かれたが、そうだ」


「あ、っそ。でも、まだ私の要件は聞いてない、そうよね?」


「……ああ、聞いてないが」


 うなずくと、麗羽はソフィアの胸を肘でついた。


「さすが、私から言おうとしたことは、まだ言ってないのね!」


空気読める子エアコンちゃんなんで!」


 ソフィアが麗羽に抱きつき、麗羽は、ソフィアの頬を撫でる。


「そういうところが可愛いんだから!」


 二人は、まるで大型犬と飼い主のように、ベタベタと馴れ合っている。

 ギャルとバニーの絡みが急に目の前で行われると、色気より困惑が勝つのだと、鷹一と天馬は思った。


「……イチャつくのは結構だが、要件があるんじゃねえのか?」


 自分が無視されている気配を敏感に察した鷹一は、麗羽とソフィアの二人を睨む。

 特訓を邪魔されたことで、少々気が立っているからだ。

 そんな状態で、自分を無視されているとなれば、苛立つのも仕方のないこと。


「おっと、そうだったわね。……朝比奈鷹一? あなた、私のチームに来ない?」


「ええッ!?」


 大きな声を出したのは、紅音だった。

 その声で、初めて麗羽は、紅音の方を見る。


「え、あれ? ……紅音お姉様!?」


「ひ、久しぶり、麗羽ちゃん。い、今のは、一体どういう……。鷹一さんは、、なんですけど……?」


 言いながら、まるですがるように、紅音の手が鷹一の腕を掴む。

 ただその握力は、すがるなんて可愛いものではなく、握りつぶそうとしていると言っても、なんら不思議ではないほどだが。


「いだだだだだだッ!! なんだ! なんで俺は痛い思いしてんだ!?」


「……朝比奈のトレーナーって、紅音お姉様だったの? はあ~。さすがは紅音お姉様。見る目がある」


「いいから、どうして、麗羽ちゃんが鷹一さんを誘ってるのかな?」


 紅音は、おそらく相手が自分の知っている少女だからこそ、感情を抑えているのだろう。

 声がほんの少し震えていた。

 抑えていて、漏れている分が、鷹一の右腕を痛めつけているが。


「この間の、夜雲お姉様との試合を見たのよ。夜雲お姉様に、あそこまでの啖呵メンチを切れる人間ヤツは、そういないからね。それになにより、最後の拳が気に入った」


 麗羽が言う、最後の拳。

 それは、夜雲のキックが鷹一のこめかみに突き刺さったあと、夜雲に放った拳のことだ。


 意識が朦朧としながらも、夜雲の顔面を突き刺そうとした、あの拳。


「私は、技術テクよりも、熱意ハートを重視する。今はまだまだだけど、あれだけやれるやつなら、絶対強くなる」


 微笑んでいるが、真剣な瞳の麗羽と、視線が交わる鷹一。


「へえ」


 ここ最近「お前が暁龍衣のマネなんてするのはナメてる」だの「私には勝てない」だの、下に見られる言動ばかりを向けられていたこともあり、鷹一は思わず口笛を吹いてしまいそうだった。


「なんだよ、帝刻院。見る目があんじゃねえか」


「まあねえ。この逸材を探し出したくらいだから」


 そう言って、自分に抱きつくソフィアの顎の下を、人指し指をくすぐるように撫でる。

 妙に嬉しそうなソフィアを見て、鷹一は思わず


「お前んとこに行ったら、俺もそれしなきゃならんか?」


 と、ソフィアを指差しながた尋ねる。


「したいんなら止めないけど、引くわよ」


「しねえよ。つうか、オレには王ヶ城っていうトレーナーがいるしな」


「た、鷹一さん……!」


「妃乃宮先輩とやった時、トレーナーが変わったおかげだ、だなんて言われても、オレの活躍が薄れるからな」


「鷹一さん……!?」


 鷹一の言動で、紅音の表情が明るくなったり暗くなったり、鷹一の手を掴む紅音の指先に力が抜けたりこもったりと、見ていないのに鷹一には紅音の感情が手に取るようにわかった。

 手に取られているのは、今現在鷹一ではあるのだが。


「ん~……まあ、素直に言うこと聞くとは、思ってなかったけどね」


 麗羽は、ネイルでバチバチに決まった小指で額を軽く掻きながら、小さくため息を吐いた。


「だったら、こういうのはどう? ウチのソフィアに負けたら、ウチのチームに来るっていうのは。生粋のショーウーマンのソフィアと、暁龍衣の後継者、朝比奈の二枚看板。商業的にも、盛り上がると思うのよね」


 考えるまでもない。

 鷹一は、そして紅音も、


「「その勝負、乗った」」


 と、頷いていた。


「私の鷹一さんは、もう誰にも負けません」


「誰がお前のだ。……オレは、オレの生きた証を立てる。お前らにも、オレの存在を刻んでやる」


 そう言って、鷹一は右拳を突き出した。

 鷹一は、そこに自らのすべてを置いている。

 つまりその仕草は、負ければすべてを投げ出してもいいというサインだった。


「ん~! その考え方スピリット、さすがはウルハのおメガネに適った男ね。でも、朝比奈? あなたには、がある。その弱点を抱えたままじゃ、私には勝てないよ」


 そう言って、ソフィアは麗羽を抱きかかえて、再び木の上へと跳躍。

 そして、そのまま枝から枝へと跳び移っていき、その場から姿を消した。


「……鷹一の、致命的な弱点?」


 思わず口にしたのは、天馬だった。


「あ、お前いたんだっけ?」


「ずっといたよ!? そら、俺も途中から疎外感で、口開かなかったけど」


「そら悪かった」


「……にしても、鷹一さんの、致命的な弱点、ですか。戦法の幅が狭い、っていう点なら、今まさに解決中ですが」


 紅音は、トレーナーとしての危機意識から、腕を組んで考え始める。


「俺が言うのもなんだけどさあ。鷹一って、武器の扱い以外で、目立った弱点なんてないんじゃねえかな。機動力が高いってこともあって、別にそこは問題ってほどじゃないし。つか、そんなの最初に持ってく異能力オルタビリティ次第だし、レイズタイムで新しい異能力オルタビリティ獲得すればいいじゃん?」


「もしかすると、言うだけ言ってみるってだけとか? いくらソフィアさん達だって、私達の練習を見ていたのなら、鷹一さんが今まさに弱点を解消していたのはわかってるでしょうし」


 きっとそうだ、と盛り上がる紅音に天馬。

 だが、鷹一だけは、それが意味のない言葉だとは思えなかった。


 まだ見えていない何かが足りない。

 そして、ソフィアにはソレが見えている。


 つまりその分、鷹一よりもソフィアが強いということだった。

 

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