第15話 裏通りは最初が肝心
実は昨日ロージェから、この国際互助金融機関が銀行業務以外にしていることを聞いて、メイは驚いていた。
まず、荷物を預かりそれを目的地へ届ける宅配業者のようなことをやっている。
この世界では、魔法によって都市間をつなぐワープ機能のあるポータルが設置されてるが、そこから目的地への最速の交通機関は馬車である。商人にとってはポータルから目的地までの道のりは盗賊に狙われやすく危険である。
資金力のある者なら多くの荷を運ぶために集団を組み護衛を雇って自前で旅をする力はあるが、そこまでの力がない小規模な商人の場合、補償込みで目的地までの運搬を引き受けてくれる当機関は非常にありがたい存在である。
ほかにも宝石や骨とう品などの貴重品を鑑定し換金する質屋のようなことをするし、あるいはそれを預かる貸金庫のような役割も果たす。
この互助機関はかなりマルチに業務をこなすのである。
メイはハンドバックにつめこめるだけのアクセサリーを持参していた。
魔道具屋でそれを腕輪に入れ替えていたので、腕輪からアクセサリーを入れたきんちゃく袋を出しそれらの鑑定をサモンズに頼んでみた。持参したのは付属の箱に入れられた立派なものではなく、裸で引き出しに入っていた小ぶりのブローチや指輪である。
それでもはまっている石はメイがいた世界でもそれなりに有名な宝石であった。
サモンズは、少々お待ちください、と、言って部屋を出て、別の人間を連れて戻って来た。
鑑定家のようである。
灰色がかった金髪にうっすら白髪の混じった年輩の男は一礼して席につくと、メイの持ってきたアクセサリーを手に取って観察しだした。
「イエローダイヤモンドとアクアマリンのブローチはそれぞれ大金貨七枚の値打ちはありますね。ほかのアクセアリーは……、小金貨数枚といったとことろでしょう」
おっと、日本円にして七十万ほどのものが二つもあるとは!
メイは驚いたが顔に出さず、高価なブローチ二つは貸金庫に預け残りを換金してくれるよう頼んだ。
この機関では口座を開くと、大金貨十枚以下のもの三つまでなら無料で預かってくれるという。換金しても良いが本物のアイシャの存在を意識してしまい、高値の物をそうするのはためらわれたので、安いものだけ換金することに決めた。
鑑定家は預けたアクセサリーを持っていったん部屋を出て、再び入ってくるとアクセサリーを換金した代金としてメイに小金貨八枚を渡した。
メイが受け取り、以上で銀行の手続きは終わった。
二人が銀行を出る頃にはもう正午を過ぎていた。
シャルルリエの表通りに出ようと歩いていると、数人のごろつきが、銀行の向かいの店の角から出てきて、金目の物を置いていけと脅してきた。
メイが恐れる暇もなく、ロージェは腰に差していた剣も抜かず素手でごろつきをのし退散させた。
「やっぱり出てきましたね。もう大丈夫ですが……」
「今のは……?」
「銀行には金持ちが多く出入りしますからね。近辺を張ってそういう人物を狙う輩がいるんです。張っている連中はどうやら同じ人間のようで、初めてここに来た人間か、しょっちゅうここに来る人間かもわかっているようです。僕たちは彼らにとっては初見で、しかも女とあまりごつくない男だったから、簡単に金品を巻き上げられると思ったのでしょう」
つまり一人だったら何されてたかわからなかったと……。
護衛を雇って正解だった、メイはギリー商会の受付の忠告を守ってよかった、と、心から思った。
それにしても複数のチンピラを瞬殺とは、実はこの人めっちゃ強い?
「やつらは銀行に来る人間の顔をしっかり覚えているようで、一度やられたら二度と襲ってはきませんよ。その人間は腕利きの護衛を雇っているって認識するようだから、次からは大丈夫だと思いますよ」
「ああ、そうなんだ、ありがたい」
心よりほっとした声でメイは言った。
いわゆるSSS級の冒険者みたいなものなのか、ロージェは?
そんな『冒険者』に、最弱スライムか、はたまた謎の胞子をまき散らすキノコモンスター程度の敵を討伐させたようなものだったのかな?
などとつらつら考えながらメイは胸をなでおろしていた。
考えながら歩いているうちに表通りに出た。
昼時だったので表通りの飲食店はどこもほぼ満席だった。
「腹を満たすだけでいいなら、大学の構内に出店があるんですけどね」
聖女がそんな下々の者らと同じようなものでいいのかどうかわからないけど、と、言いながら、ロージェは提案した。
「ええ、それでいいわよ」
こともなげにメイは言った。
そもそも元の世界じゃ私も『下々の者』です、と、心の中で呟きながら。
帝都の東端にある神殿の周辺には、貴族の子弟が通う高等学校や大学、皇立図書館や美術館など学芸に関する施設が集まっている。
現在学校は夏季休暇中だが、観光客のために大学の構内が解放されておりそこに簡単な食事をとれる出店が立ち並んでいる。縁日かあるいは学校の文化祭のようだ。
野外の出店には串焼きやらサンドイッチやら軽食を提供するところがいくつかあり、備え付けられたテーブルについて食べても、芝生に座って食べてもどちらでも良し、おのおの購入したものを談笑しながらほおばるグループがいくつも見えた。
学園祭のような雰囲気。
生前身体が弱く学校を休みがちだったメイは、今になってこんな雰囲気を味わえるなんて、と、少し感慨にふけった。
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