第39話 旦那様たちのお成りです

 娘同士のような合宿生活も、時折澄ました関係に戻る日もある。それは、それぞれの夫が訪ねてきた時のことだ。


 今夜は、忙しいはずの王太子が、国民人気赤丸急上昇中の「麦の精霊」アンネリーゼをねぎらうために、彼女らが投宿した領主の館を訪れている。


 ひたすら優しく包み込む愛はあれど、何をするにもおどおどと遠慮がちだった妻が、視線を真っすぐ前に向け、自信に満ちて魔法を操り、民に感謝される姿を見た王太子は感無量の思いを隠さなかった。晩餐後はもはや周囲の者など見えないかのように彼女を囲い込み、侍女すらも近づけずさっさと寝室に連れ去ってしまったのは、無理なきことか。


「王太子様は、愛妻家だからねえ」

「本当ですね」


 何かうらやむような雰囲気を感じたリュシエンヌは、思い切って聞いてみる。


「ゲルハルト殿下は、お優しくないのですか? 私からはお二人と仲が良く見えるのですが」

「大事にしてくれてるわよ。でも彼は、私の容姿や魔法に魅力を感じているだけで、心の底を理解してくれる人ではないわね」

「私は、なおさらです。ブリュンヒルト様のように華やかな美貌も実家の爵位もないのですもの。この魔法を、ご自分が王位につく手段として評価して下さっているだけです」

 

 やや辛辣なビアンカの述懐だが、理解できるような気もする。ゲルハルト王子にとって、妃はまず自分の地位を高める手段であるのは、数少ない接触で明らかにわかっている。もちろん愛情もあるのであろうが、それはこの妻たちが自分を尊敬し立てつつも甘やかし、夜毎甲斐甲斐しく奉仕してくれるがゆえ……早い話が、己を気持ちよくしてくれる存在だから。ようは「一に自分、二に自分、三四がなくて五に自分」というのが、第二王子ゲルハルトのメンタリティなのである。


「まあ、そう言うところも子供みたいで、なんだか可愛いのですけれど」


 そんな言葉を吐くブリュンヒルトの吊り目が、やや下がる。同性に対してはやたらとマウントを取りたがる彼女だが、どうやら夫に対しては、ビアンカよりも甘やかす主義らしい。思わずリュシエンヌも、笑みを漏らしてしまう。


「な、何よその眼はっ! リュシーのくせに!」


 皆の生暖かい視線を受けて耳まで紅く染めつつ照れるブリュンヒルトに、年下組の笑いが弾けた。


 そのゲルハルトも、やがて渋々と言った風情で「精霊と女神ツアー」の宿所を訪れた。基本的に感性が子供で見栄っ張りかつ意地っ張りである彼は、兄の妃が主役のイベントなどには絶対に顔を出したくはないはずなのだが、ようは妻たちがずっといない寂しさに耐えられなかっただけである。


 アンネリーゼとリュシエンヌは、このめんどくさい王子に関わることはせず、最低限の礼儀を持って挨拶すると、あとは二人の妃にお任せだ。食事をしながらも妃たちにぎゃんぎゃん文句を言うゲルハルトと、あやすようにそれをなだめる妃たちの声がしばらく聞こえたものの、間もなく寝室に向かう気配に、ほっとする二人である。


 そして翌朝のこと。今日も今日とて全力で民のために魔法を使うはずの妃二人は、働く前からげんなり疲れ切っていた。理由は言わずと知れたこと、一ケ月近くも「お預け」を食らっていたゲルハルトに、夜のご奉仕を明け方まで求められたがゆえである。当のゲルハルトは、上機嫌で朝食を腹一杯詰め込むと、妃たちの活躍になど興味ないかのように、王都にトンボ帰りしていった。


「ゲルハルト殿下は、いったい何をしにこられたのでしょう?」

「言わないで……」


 ぐったりしつつも初心そうに恥じらうブリュンヒルトの姿がなにやら新鮮に感じられる、リュシエンヌである。


 そして肝心の婚約者マクシミリアンがこの女子合宿を訪れたのは、精霊ツアーの残りが後十日ばかりになった頃。この日三ケ所目の畑を麦穂で一杯にして一息入れているところに、あわただしく騎馬で駆けつけてきたのだ。


「すまない、リュシー。コンスタンツ国境地域の盗賊が活発化して、張り付いていた」

「お仕事ですもの。でも来てくださって、嬉しいです」


 そう、内政系の公務が多い他の王子たちと違い、マクシミリアンは軍務担当なのだ。従って地方遠征も多く、不穏な動きがあれば行きっぱなしにもなる。やむを得ぬことと割り切っていながらも、他の王子たちが訪ねてきた際にはちょっぴりもやっとしないでもなかったリュシエンヌである。頬を桜色に染めつつ、素直に喜びを笑顔で表す。


 余程急いできたのか、相変わらずクールで美しいとはいえ、王子のいで立ちはあちこちボロっとくたびれ、銀髪もぼさぼさである。


「大丈夫ですか、かなりお疲れのように見えますけど……」

「ああ、ちょっとね。昨日から、寝ないで飛ばしてきたから」

「ええっ!」

「一刻でも早く、君の姿を見たかったからね」


 冷徹と評されるクールな王子の口元に浮かんだ、わずかな笑みの破壊力は高い。思わず頬が熱くなるのを抑えられないリュシエンヌである。


「そ、そ、それは嬉しいですけど……どうか、お休みになって下さいっ!」

「今寝たら、もったいないじゃないか。それよりこれだけの大魔法、全部リュシーが補給しているんだろう、魔力は足りているかい?」

「ええ、魔力はまだじゃぶじゃぶ余っています」

「そうか、それなら……」


 次の瞬間、その身体がマクシミリアンの胸に抱き込まれ……これまでにない勢いで魔力を引っこ抜かれる。


「ふわぁぁん!」

「うん、これであと二日は寝ないで大丈夫だな」


 アブないクスリのような、リュシエンヌの魔力なのであった。

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