第23話 独占欲……ですか?

「それにしてもリュシーの自信無さは、何なのかしら。こうやって敵地に一人で乗り込んで来るんだから、もっと自信と度胸あふれる女かと思っていたのだけど」


 すっかり言葉も振る舞いも砕け切って、打ち解けた雰囲気のブリュンヒルト。もうすでにリュシエンヌを妹分と決めてしまったようだ。


 ブリュンヒルトはここを「敵地」と呼んだが、彼女はリュシエンヌの心理を理解し切れていない。リュシエンヌにとっての「敵」とは、ローゼルトにいる毒親国王と、兄姉たちなのだ。


 それに比べればアルスフェルトで出会った者たちは、みんな天使のようにしか見えていないのである。避けたいなと思う人物は、彼女らの夫君であるゲルハルトくらいだ。「自分に鞭を振り上げない姉」というだけで、二人のポイントはすでに高いのである。


「だって……私の力なんて何の役にも立たないって思っていたので。頼みのマックス様に嫌われたら、またあの国に戻らないといけないんじゃないかと考えてしまって。だったら出来るだけ多くの皆さんと仲良くなって、いざという時に引き止めて頂かないとなあって……」


 リュシエンヌの返答に顔を見合わせて、それから大きくため息をつく二人の妃たち。


「本当に何もわかってないみたいね……ビアンカ、教えてあげて」

「はぁ~っ、そうですね。ねえリュシー様、今日の素敵なドレスは、何色でしょうか?」

「碧色ですね。とっても気に入っています」

「ネックレスも素敵ですよね、無垢の魔銀に翡翠のトップ、銀と碧ですね。ブレスレットも魔銀をベースに碧色のエメラルドがあしらわれて……すべて、銀と碧で揃えられていますわね」 

「そうですけれど?」


 まだ質問の意図を自覚していない王女に軽くため息をついて、ビアンカが続ける。


「そしてこれらは、マクシミリアン様がご自身で選ばれたものですわよね?」

「ええ、そうです」

「さて、マクシミリアン様の髪は銀色、瞳は碧……この意味は、お判りになりませんか?」


 きょとんとしていたリュシエンヌも、ここでようやくビアンカの示唆していることに気付いて、一気に頬を紅くする。「自分の色」を女性に着けさせる行為は「この女は俺のモノ」という意志表示……これは、この大陸共通の習俗であるのだから。


「それにしても極端な独占欲よね。装飾品一個くらいならともかく、全身自分の色で固めさせるとか……氷の王子とか呼ばれているあの冷徹なマクシミリアン様が、こんなに情熱的だとは知らなかったわ」

「それだけ、想われているのですね……これで捨てられる心配をするとか、あり得ませんわ」


 きゃいきゃいと盛り上がる二人に、頬が熱くなりっぱなしのリュシエンヌである。


 もちろんマクシミリアンには、今のところ嫌われていないと思っていた。だけど魔法が売りであるはずのローゼルト王族なのに肝心の魔法が使えず、その上やせっぽちで、飛び切りの美人でもない自分に、それほどの好意を持ってくれているなんて。このお姉さま方にいじられ恥じらいつつも、嬉しさを噛みしめる彼女である。


「それにしても、わからないわね。まるでマクシミリアン殿下はリュシーを、以前から知っていたみたいじゃない? ほんのこの間、身一つで転がり込んできたみすぼらしい王女にいきなりそんなに入れ込むなんて、あり得ないもの」


 本人を前にしてみすぼらしいなどとストレートに口走るブリュンヒルトはかなりの無神経だが、悪気がなくてもこう言ってしまうのが彼女のキャラなのだ。


「そうですわね。リュシー様は殿下と、以前にお会いしたことが?」


 妃たちの突っ込みに、リュシエンヌはこてんと不思議そうに、首をかしげる。


「そうですよね……初対面から距離が近い方だとは思ったのですけど、私自身には何も心当たりがないのです」


 そうなのだ。国境で初めて会ったその時からいきなりがばっと抱き込まれ、やっと自分のものになったとか何とかヤンデレな台詞を吐かれた記憶は鮮烈だが、当のリュシエンヌにはそこまで気に入られる理由がさっぱり理解できていないのだ。


 ブリュンヒルトの指摘通り、まるで以前に会ったことがあるような王子の態度だけれど、彼女はローゼルトでは「いない子」扱いであったのだ。王族として公務に出たこともなく、当然外国の要人と会うこともなかったはず。


「おそらく、誰か他の令嬢と私を、お取り違えになっておられるのではと……」

「マクシミリアン様に、直接聞いちゃったらいいじゃない?」

「でも……真実が分かるのが怖くて」


 リュシエンヌとて、どうして自分を気に入ってくれたのか、とても聞きたい。だが細かい事情を確認してしまったら、実は人違いでしたとなる可能性が極めて高い。そうなったらマクシミリアンを落胆させてしまったり、最悪は運命の乙女が別にいるとかで捨てられてしまわないだろうかと考えると、直接尋ねる勇気のないリュシエンヌなのだ。


「あ~もう! いいわ、リュシーが聞けないなら、私たちが聞いてあげる!」

「いや、あの……」


 結局、断り切れない彼女だった。


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