第23話 『悪役』と先生

「ん……んぅ……」

「あ、起きた」


 意識が浮上した時、最初に感じたのは独特な薬品の匂い。ツンとしたアルコール臭がする薬品の匂いに俺が思わずうめくと、誰かがその声に反応した。


 ゆっくりと目を開けると、外はすでに夜なのか窓にカーテンが閉められており、部屋は魔灯まとうの光を抑えているのか少し暗い……ここは?


「君、自分の名前言える?」

「タイタン……オニキス」

「うん、受け答えもしっかりしているね」


 そんな事をベッドに寝ながらボーッと考えていると、視界の端に白衣が映る。そちらの方を見ると……ピンク髪のちっちゃな女の子がこちらを覗いていた。


 あれ……?この人って……カグラザカ学園の保健室の先生だったような?てことは──


「もしかして、ここって……カグラザカ学園、ですか?」

「そう、君はここに運び込まれたんだ。近くに優秀な回復師ヒーラーがいる所がここしか無かったらしいからね」


 君、まじで死ぬ寸前だったんだよ?と俺のベッドの近くに備え付けられていた椅子に座り、カルテにペンを走らせながらそう言ってくるピンク髪の女の子。


 身体が小さいからか着ている白衣はダボダボで、しょっちゅう袖がずり落ちてはカルテの記入を邪魔していた。


「ボクのところに運び込まれてきた時、君は出血多量で昏睡こんすい状態だった。《ハイキュア》で傷口を塞いでも根本的に血液が足りない……君、心臓止まってたんだぜ?」

「……っ」


 んぅ、袖が邪魔だ……といそいそと白衣を脱ぐ彼女を余所よそに、俺は衝撃を受ける。そんなにギリギリだったのか俺、マジでよく生きてたな……


「シアン王女様が半狂乱になってたよ、今は疲れて女子寮で休んでる。君、彼女に何したんだい?」

「何って……」


 思い出すのは今日一日の出来事。シアン姫の胸揉んで牢屋入れられて、肉壁にした上に人質にして、帰りにバチクソに煽って……


「俺、殺されるかもしれませんシアン姫に」

「君、ホントに王女様に何したんだい!?」


 あーどうしよう。次あったら殺されるんじゃないか俺……半狂乱って、もしかして俺の心臓に《刺突一閃》しようと暴れてた!?


 視界がフラフラする、嘘だろ……俺まだ死亡フラグ残ってんの?だめだ、解決策を考えるが血が足りなくて頭回んねぇ。


 そんな俺に気がついたのか、彼女は椅子から降りてポンポンと俺の頭を撫でる。ベッドに寝ているのに先生の身長が低いから顔が近い……


「とにかく、君が無事で良かったよ。今日はもうここで寝たまえ、まだ血が足りていないんだ」

「はい……先、生……」


 優しく頭を撫でられて、再びすーっと意識が遠くなっていく。見た目は幼女なのになんて包容力だ……そういえば、先生の名前って何だった、っけ……


 こうして俺のカグラザカ学園の初日は幕を閉じた。そういえば『クラス分け』はどうなったんだろう?まぁ、明日になったら分かるか……



 チュンチュン、という雀の鳴き声がする。窓から差し込む光がまぶた越しに感じて、自然と目が覚める。


 ボーッとベッドの上で上体を起こして昨日の事を思い返す……そうか、ここはカグラザカ学園の保健室か。


「おはよう寝ぼすけ君、よく眠れたかい?」


 珈琲コーヒーの良い香りがする。つい香りの元を辿たどろうと周囲を見渡すと、ピンク頭が机の向こうにぴょこんと見えた。


「えぇ、ありがとうございます。モーレット先生」

「おや、ボクの事を知っていたのかい?フルルで良いよ、これから3年間いっぱいお世話しなきゃいけないんだ、家名呼びは堅苦かたくるしい」

「ではフルル先生、と」

「うむ、よろしい」


 よいしょっと珈琲の入ったカップを机の上に乗せる。身長が小さくベッドの上からじゃ先生の頭しか見えない……


「いやー、今年度からカグラザカ学園に勤務きんむすることになったけど……あらゆる物がボクに対して不親切だ、机に珈琲を乗せるだけでカップの底を目元まで持って行かないといけないんだよ?」


 もっと世界はボクに優しくあるべきだ、と言いながら机を回り込んで俺のベッドのそばに来る。


 ぶかぶかの白衣に両手を突っ込み、気怠そうにする先生。うちに着ているピンクの女児服は、身体が小さいせいで大人向けの服に着れるサイズが無かったからだっけ?


 うん、俺の記憶の通りにあるフルル・モーレット先生だ。みどりの目を白衣の袖でこすり、欠伸あくびをしていてすごい眠そうだが……


「眠そうですね?」

「ふわぁあ……誰のせいだと思ってるんだい」

「うっ、すみません」

「ボクだって助けた命を心配するぐらいはするんだぜ?寝ている間に心肺停止……とか、目も当てられないからね」


 まさか、一晩中起きてていてくれたのか!?流石ネット界隈で《癒やし系合法ロリ》というあだ名で大人気だった先生だ、すっげぇ優しい!


「……なんか失礼な事を考えてないかい?」

「イエ、ベツニ?」

「はぁ、ボクだって好きで小さいわけじゃ無いさ。大人に見えるようにせめてもの抵抗として白衣を着てみたが」


 フルル先生がその場でくるりと一回転する。うーん、『パパの白衣を着てお医者さんごっこしている幼女』にしか見えない。めっちゃ可愛い。


「……君の反応を見ている限り、効果は無いみたいだ」

「いえ、大人の気品があると思いますよ。先生」

「せめてその子どもを見守るような優しい目とニコニコと緩んでいる口を締めてから言ってくれたまえ」


――――キーンコーンカーンコーン


 その時チャイムが鳴り、その音で俺は現実に引き戻される。待て、今何時だ!?


「先生、今何時ですか!?」

「ん?もうお昼だよ。おめでとう、初日から遅刻だ」

「ええッ!?」


 もう昼だったのか!まずい、どんなイベントがあったっけ!?『クラス分け』の次の日……つまり今日、作中ではクラスごとにホームルームが実施されていたはずだ。


 そして昼からは……ッ!


「先生ッ!失礼します!」

「おいおい、そんなすぐ動いたら……!」


 布団をはねのけてベッドから立ち上がる。その瞬間、頭がフラッとして視界が歪んだ。あれ、足に力が入らない……?


「危ないッ!」


 フルル先生がすぐさま俺を支えに入るが、先生の体格で俺の身体を支えきれるはずも無く。

 俺は先生を押し倒した状態で転んでしまった。


「いっつ……すみません先生」

「全く、君は血を流しすぎて貧血なんだ。しかも今まで寝ていたからご飯も食べてない、いきなり動いたらそりゃ倒れる」


 そう言いながら先生は俺の身体から抜け出そうと俺の頭をぐいぐい押すが、俺の身体が重くてとても動かせそうにない。


 かという俺も手足に力が入らず、顔がフルル先生のお腹に乗っているというこの状態から体勢を変えられないんだよ。


「ふに~っ!……ふぅ、全然動かない。タイタン君、動けるかい?」

「残念ながら……」

「おっけー。ボクがもう少し粘ってみるよ」


 端から見たら『幼女を襲ってお腹に顔をうずめて頬ずりしている変態』だな。フルル先生の高い体温とミルクっぽい匂いが伝わってきて恥ずかしい気持ちになる。


 早く抜け出さないと。こんな状況誰かに見られたら……!


────ガラッ


「タイタンさん!目を覚ましたんです……ね……」

「…………」

「ふにににににに……っ!」


 その時保健室の扉が開いて、よりにもよってシアン姫が入ってきた。誰か俺を殺してくれ……

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