金髪不良、ヤクザ屋敷で同級生と出会う



 銀二に連れられて二人が門を通り抜けると、目の前には大きな庭が広がっていた。


 手入れが行き届いている花壇や植木の数々。中には池や橋まで存在している本格的な庭園だった。


「……すごいな」


 思わずといった様子で感嘆の声を漏らす次郎。そんな彼の様子を見て、銀二が不思議そうに声を掛ける。


「そんなに珍しいですかね、うちの庭が……」


「いや、すんません。こんな立派な庭は初めてだったものだから、つい見入ってしまって」


「はは、そんな謙遜しなくても良いですよ。天下の四条グループと比べたら、うちの庭なんて大した事ないですからね」


「いえ、そんな事は……」


 実際に見た感想としては、とても素人目に見ても綺麗に整えられた庭だという印象を受ける。


 だからこそ、素直に称賛の言葉を口にする事が出来たのだが、どうやら相手はそれを皮肉と受け取ったらしい。


 それを訂正しようと次郎は口を開き掛けるが、その前に雪乃が肘で次郎を軽く小突く。


「ここは黙っておきましょう」


 小声でそんな事を言われてしまい、慌てて口を閉じる次郎。すると、銀二は再び歩き始める。


「次郎さんは今、私の護衛として来て頂いているのですから、相手は貴方を四条家の関係者と思っています。なので、あまり物珍しい反応はしない方が良いと思いますよ」


「……悪い」


 小声で注意されてしまい、反省しながら謝罪をする次郎。確かに彼の発言は少し迂闊だったのかもしれない。


「どうかしましたかな?」


 二人が着いてこない事に気が付いた銀二が立ち止まり、こちらへ振り返って訊ねてくる。


「いいえ、何でもありませんわ」


「そうですか。なら、親父もあなた方を待っていますので、早く行きましょうか」


 銀二の言葉に頷き、三人は再び歩き出した。


 それから少しだけ歩くと、屋敷の玄関に到着する。そこで靴を脱ぎ、二人は用意されていたスリッパへと履き替える。そして、そのまま廊下を進んでいく。


 銀二が親父と呼ぶ相手―――おそらく峰岸組の組長がいる部屋は入口から遠い場所に在るらしく、そこまでの道程はかなり長かった。


 途中途中で通り過ぎる部屋の中からは人の気配を感じ、時折話し声も聞こえてくるのだが、いずれも厳かな雰囲気を纏っている。


 雪乃はこういった雰囲気に慣れているのか普通に歩いているが、次郎としてはそうでは無かった。


(何だか緊張するな……)


 今まで生きてきた中でこの様な空気に触れた経験は無く、どうにも落ち着かない気持ちを抱えながら歩いていた。


 そんな次郎の様子に気が付いたのか、隣を歩く雪乃が声を掛けてきた。


「大丈夫ですよ、次郎さん。何も心配する必要はありませんから」


「……ああ、すまん」


 彼女に励まされて少しばかり気持ちが落ち着くのを感じた次郎は、深呼吸をして心を落ち着かせる事にした。そして、改めて周囲を見渡す余裕が出来るようになる。


 歩きながら見る屋敷の内部はとても広く感じられた。床や壁は年季を感じさせる古めかしさがありながらも清潔感がある。余程に手入れが行き届いているのだろう。


 また、置かれている調度品の数々も素人目から見ても高価なものだと分かる代物ばかりであった。


 そうした風景を眺めながら歩いていく内に、やがて庭に面した長廊下へと出る。そこからは大きな池やししおどしなどが置かれており、日本庭園らしい造りとなっていた。


 物珍しさからあちこちに目が行ってしまいそうなのを次郎は抑えつつ、先にへと進んでいく。そうして進んでいくと、銀二の先にあった戸が急に開かれる。


 どうやらそこが目的地―――かと次郎は思ったのだが、その中から数人の男が慌てた感じに飛び出てくるのが見えた。


 男達の様子はまるで、何かに追われている様な焦りを感じるものであった。そして彼らはこちらに気付かぬまま、後ろを見つつ次郎達の方へ走って来る。


「てめえら!! 何を騒いでいるんだ!!」


 その様子を見た銀二は怒鳴りつける様に叫ぶ。すると、彼らの表情が強張り、足を止める。


「わ、若頭!?」


「あ、兄貴! す、すみません!!」


「今は大事な客人を案内している最中だ。騒がしい真似は止めろ」


 銀二の言葉に頭を下げる男達であったが、その顔には焦燥感が浮かんでいるのが分かる。それを見た彼は溜め息を吐くと彼らに告げた。


「……ったく、一体何があったんだ?」


「それが……」


 彼らの内の一人が銀二に説明をしようするが、言い淀む。それを見て苛立ったように声を荒げる銀二。


「何だ? はっきり言え!」


「え、えっと……実は―――」


 そう言って事情を話そうとした瞬間だった。突如として大きな叫び声が広い廊下に響き渡った。


「こぉらぁぁぁあああ!! 待ちなさいよ!!!」


 響いてきたのは女性の声だった。それも次郎としてはどこかで聞いた事のある様な声だった。


 そしてその声を発した人物が男達がやって来た戸から現れる。彼女は怒りの形相をしながらこちらに向かって来ると、大声で叫んだ。


「あんた達!! 何を逃げてるのよ!!」


 彼女の言葉に男達はビクリと身体を震わせると、一斉に頭を下げた。


「すんませんお嬢!!」


「俺達が悪かったです!!」


 謝罪の言葉を口にする彼らに対して、少女は尚も詰め寄る。


「まったくもう!! 謝るぐらいだったら最初からしないの!! というか、ありえないんですけど!! 作った料理に苦手な野菜が入っていたからって捨てるなんて何考えているのよ!? 子供じゃないんだから好き嫌いせずに食べなさい!!」


 腰に手を当てながら説教する少女に対して、男たちは縮こまっている。そんな様子を眺めていた次郎達は呆気に取られていた。


「お、お嬢……あの、何となく事情は分かりやしたけど、今はそのくらいで勘弁して頂けませんかね……」


 流石にその様子を見兼ねてか、銀二が助け舟を出す。しかし、それは逆効果であったようで、今度は彼に向かって叫び始めた。


「何よ、銀二。こいつらの肩を持とうっていうの!?」


 彼女の剣幕に押されて、銀二はたじろぐ。


「い、いや、そういう訳じゃ無いんですが……」


「じゃあ、どういう訳なのよ!?」


 彼女が再び大声を上げると、銀二は後ろにいる次郎達を眺めつつ、言葉を濁しながら告げる。


「いえ、その、何というか、今、客人を案内中でして……」


「はぁ? 何言ってるの?」


 彼女はそう言いつつ、銀二の後ろに視線を送る。すると、先程までの剣幕が嘘の様に消え去り、まるで別人の様な表情に変わる。というか、驚きを隠せない表情になっていた。


「えっ? や、山田……? それに四条雪乃……?」


 彼女―――峰岸智絵は呆けた表情でそう呟くのだった。


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