姑息策謀家、最後の悪足掻き
「た、助け……もう、こんな事はしない。約束する。だ、だから――」
涙を流しながら、必死に許しを乞おうとする。しかし、雪乃はそれを聞き入れなかった。
彼女は手にしていた拳銃の銃口を、田頭の左目の眼前に突き付ける。
その行為に、田頭は言葉を失う。まさか、この状況のまま、自分を撃つつもりなのかと。
「懺悔の用意は出来ましたか?」
静かな声で、雪乃は問い掛ける。その目は本気だった。本気で自分を撃つつもりでいる。その事に田頭は戦慄した。
このままでは殺される。そう思った瞬間、彼の股間から温かな感触と水音が発生する。その事から、失禁をしてしまったのだと分かった。
「あら、粗相してしまいましたの? ふふっ、みっともない姿ですね」
その様子に、雪乃は嘲笑する。その瞳には軽蔑の色が浮かんでおり、田頭の事を心の底から侮蔑しているのが見て取れた。
「ご、ごめんなさい。ゆるして、お願いします」
彼女の嘲笑を見て、田頭は恐怖のあまりに謝罪の言葉を何度も口にする。その声は震えており、顔色は青ざめて、今にも倒れそうなぐらいに血の気が引いている。
しかし、それでも尚、彼は命乞いを続ける。まるで壊れた機械の様に同じ台詞を繰り返す。その様は、傍から見ていて滑稽であり、同時に憐れでもあった。
その様子を見た雪乃は深い溜息を吐くと、引き金を引かずにそのまま構えていた銃口を下げた。その行動に、田頭は安堵の表情を浮かべる。
「良いでしょう。今回は特別に見逃して差し上げます。但し、次に同じ様な事があればその時は容赦は致しません。その時には必ず、今回以上の地獄を見せますので」
冷酷なまでに冷たい口調で雪乃はそう告げ、銃口を田頭の顎にへと押し付けた。彼女の発言と行動に、田頭は顔を真っ青にした。先程までの恐怖が蘇る。
彼は言葉を口にせずに、黙って首を縦に振った。その返事に雪乃は満足すると、持っていた拳銃を手から離した。田頭の直ぐ傍の地面に落ちた拳銃は、乾いた音を鳴らす。
「では、約束は守ってくださいね。それと……今回の事を少しでも口外したら、どうなるか分かっていますよね?」
雪乃は鋭い目つきで睨むと、それだけを言い残してその場から離れていった。
その背中を見送りながら、田頭は思う。あの女は危険過ぎると。だが、それと合わせて凄まじい敗北感と屈辱を味わっていた。
「ちくしょう……」
涙が溢れ出る。悔しくて仕方がなかった。あんな自分よりも華奢で弱そうな女子に負けた事が。
(卑怯だろ……あんな武器があれば誰だって勝てるだろうがよぉ……)
田頭が恨み節を呟き、拳を握り締める。その目には憎しみの炎が燃え盛っており、怒りの感情が渦巻いていた。
どうして自分がこんな目に遭わなければならないんだと、彼は自問する。しかし、答えなど出てこなかった。
そんな彼の視界の中に、ある物が映った。それは先程、雪乃がその手から落とした拳銃だった。
それを認識した瞬間、田頭の思考は切り替わる。そしてその拳銃を拾う為に、ゆっくりと手を伸ばした。
拳銃を拾い上げた田頭は、密かにニヤリと笑みを零す。これさえあれば、自分をこんな目に遭わせた相手に一矢報いる事が出来るかもしれない。
そして田頭は拳銃の引き金に指を掛けると、震える身体でその銃口を雪乃にへと照準を合わせる。
(お前が……お前が悪いんだぞ……。俺をコケにしやがって……)
これを撃ってしまえば、自分は即座に雪乃の護衛によって撃たれる、もしくは叩きのめされるだろう。そんな未来が確約されている。
しかし、それでも構わないと田頭は思っていた。雪乃を痛い目に遭わせられるならそれでいいと。
覚悟を決めた彼は、ゆっくりと人差し指に力を入れて引き金を引こうとする。
(このクソ女が……死ねぇぇ!!)
憎悪と殺意を込めた叫びを上げ、彼は雪乃に向けて銃弾を放つ。そして―――
かちりと無機質な音が響いた。しかし、その銃口からは何も発射されなかった。
「……へっ?」
思いも寄らない展開に田頭は呆然とし、間の抜けた声を出して固まってしまう。
何故、何も起きないのか理解出来なかった。試しにもう一度、それから何度も引き金を引くが、やはり弾は出ない。何度やっても結果は同じだった。
「どうして……?」
思わず、疑問の声が漏れる。田頭は混乱していた。何故、自分の手元にある拳銃は作動しないのだろうかと。
「……やっぱり、そうすると思っていましたわ」
離れた場所から聞こえてきた声に、田頭は慌てて声がした方向にへと顔を上げた。そこには振り返った雪乃の姿があった。彼女は蔑みの視線を彼に送っており、その目には強い嫌悪感が宿っている。
「少々試させて頂きましたの。貴方がどの様な行動をするのか。わざとその拳銃を、あなたの近くに残す事によって」
雪乃は冷たく言い放つ。そして田頭が持っている拳銃に目を向けた。
「貴方が約束を守る気でいれば、近くに反撃出来る手段があったとしても、何もしなかったでしょう。しかし、貴方はそれを躊躇なく使用した。その時点で、私との約束を反故にしたも同然です」
雪乃の指摘に、田頭は反論する事が出来ない。事実、彼女の言う通りだったからだ。
己の思惑を見抜かれた田頭は手にしていた拳銃をぽろりと取り落としてしまう。その表情には絶望の色が浮かんでおり、今にも泣き出してしまいそうだった。
そんな彼に対して、雪乃は更に追い打ちを掛ける。
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