第63話 エルシアン国王太子妃カレンデュラ(3)

 精霊王の要望は以下の通りだった。


 現在、エルシアンの者たちが神殿を建てるために貴白岩を採掘しているが、取りすぎで山が荒れてしまっているのでやめてほしいということ。


 貴白岩とはフェノーレス山地にのみ産出する貴重な鉱石で、その色は大理石よりさらに白く、白磁器のような光沢を持っている。軽量でありながら頑丈で積み重ねても崩れにくくなおかつ加工がしやすい。ゆえに特別な彫刻をつくるときによく利用される岩で、人間社会でちょこっと彫刻を作って飾るくらいの量なら山から持っていっても、精霊王も別に文句は言わなかった。


「それはフェーブル国王が許可を出して、それでエルシアン側が採掘しているのですよ」


 カレンデュラは説明した。


「今までと量がけた外れに違う。それをあの国王がそれをわからなかったとは……?」

 サタージュがいぶかった。

「そういえばお父様は身体の調子を崩されて、最近は宰相のリスティッヒが主だった政務を担当しているとか聞いたわ。」


 リスティッヒとはカレンデュラの生母サントリナ王妃がなくなった後、王妃となったダリアの兄である。


「山の状況に詳しくない者が安易に許可を出しちゃったってところかしら」


 ロゼが状況を推測した。


「正直言って、わたくしもサタージュ神を讃えるための神殿の建設に、故郷の山にある岩が使われることを歓迎していましたから、宰相だけの責任とは言えませんね。外国出身の王太子妃がお役に立てた証を国教の神殿に残せるのだから、と」


 王太子妃は言い、さらに心情を吐露する。


「先ほど、フェーブルのことはあまり思い出したくないと言いました。わたくしはあの国や父である国王から捨てられた身です。母は子供のできにくい体質だったのか、父に嫁いで五年、子に恵まれず、やっと生まれたのが女のわたし。もともと地位のあるものは一夫多妻が許されるあの国で母は厄介払いををされるように私とともにフェノーレス山地ふもとの離宮へ追いやられました。年頃になった私はようやく政略結婚の駒としての使い道が見つかり王宮に呼び戻され、それから間もなくエルシアンへと送られたのです」


 カレンデュラは『思い出したくない』不幸な幼少期のことを語った。


 話はさらに続く。


「道具として割り切り覚悟を決めていたわたしですが、幸い王太子殿下は温かい御心の方で、政略でも夫婦となったからには心から寄り添い合えるようになりたいし、自分はサタージュ神の教えを守って側妃を置く気はないとおっしゃっていただきました。後継ぎのこともありますので、万が一私も母と同じように子に恵まれにくい体質でしたらそうもいかなかったかもしれませんが、これも幸いにして間もなく長男を授かり、そして今も第二子がお腹にいるところでございます」


 フェーブルにいた時と違って現在の満たされた状況をカレンデュラは語った、ただ……。


 第二子がお腹に……。

 ちょっと待て、そんな重要情報を調べてきたヤツ(ネイレス)も、送り出したヤツ(フェリ様)も知らなかったんかい!

 情報としていの一番に抑えとかなきゃならんことでしょうが!


 精霊ロゼは心の中で叫んだ。


「おお、もう二人目のお子様が、それはおめでたい!」


 サタージュの方はのんきにお祝いの言を述べた。


 いや、たしかにめでたい事なんだけど……。


 これはちょっと、とにかくやめろって形でごり押しして、下手にフェーブルとエルシアンの関係に傷がついたらまずいやつだ。


 特に同盟の証である王太子妃が身ごもっている状況で彼女に余計なストレスを与えることは避けたい。


 何とか穏便に工事をやめさせる方法なないものか?


「問題の神殿はいまどういう状況に?」


 ロゼは王太子妃に尋ねた。


「確か主な柱はもう建てられたところだったかと。詳しいことは神殿の工事関係者に聞けばわかるかと思いますが……」

「責任者に合わせていただけますか? それから一番上の司教?それとも法王? どうお呼びするのかわからないけど教団の一番上の方にもお会いしたいのですが?」

「大司教様ですね。わかりました」


 ロゼの要請に王太子妃カレンデュラは快く応じた。


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