第19話 希望の星

「いや……、四角張った面相ゆえ、眼に力を入れて見ようとしただけでもにらんでいるように見えるのですな」


 ゼフィーロの自室に集った面々の中、シュドリッヒ伯爵は頭をかきながら言い訳した。


「見えているかどうか、相手の反応をみるまでわからないの?」

 ロゼラインはクロに聞いた。

「まあね……」

 クロが口ごもった。


「遠目からしか拝見したことがなかったゆえに、ノルドベルク公爵令嬢だとわかるまで時間がかかりましたが、あんなふうに朗らかに笑う御方だったのですな」

「えっ!」

 ロゼラインはうろたえた。


 王妃教育では、どんな時も口の両端を軽く上げた『微笑み』を浮かべることが是とされ、口を開けてけらけら笑うなんてもってのほか。


「僕も義姉上があのように笑うのを聞いたのは初めてでした。おかげでヨハネスらと対峙してともすれば冷静さを失いそうになるところ、力を緩めることを教わった気がしましたけどね」


 ちょっと、お二方とも、優しいというか、許容範囲が広い。


 見えてないとたかをくくってしていた馬鹿笑い(王妃教育の基準によると)を、そんな風に好意的にとらえてくれるなんて、でもこっちとしては顔から火が出そうです。


「でしょ、でしょ、ちゃんと考えて和ませてやっていたのよ!」


 ロゼラインが狼狽している傍ら、クロがちゃっかりと手柄を主張した。


 ロゼラインは話を変えようと別の質問をした。

「それにしても、シュドリッヒ伯爵、申し訳ないけど生前あなたにお会いした記憶はないのですが?」

「私がノルドベルク嬢を拝見したのは式典の時くらいですからね。私の直の上役くらいになると挨拶に伺ったことはあるかもしれませんが」


 シュドリッヒは日本の警察機構で言うと警視くらいの中間管理職であり、王太子の婚約者だったロゼラインとは直接の面識がないのも当然であった。


「それにしては、先ほどの態度が大げさすぎて、わたしにはそういう風にされる心当たりがないものですから……」

「ああ、あなた様にとってはただ日常の業務を行っただけかもしれませんが、あの件では王宮内の警務省の人間すべてが感謝し、一目置くようになったのですよ」

「あの件?」


 ロゼラインの疑問に応え、ゲオルグ・シュドリッヒはある事件を語りだした。


 王宮内において、近衛隊は王族や要人たちの身辺の警護、警務隊は王宮内の治安維持を受け持つ。役割的にどちらが上ということはないのだが、近衛隊の方が重要人物と直に接する機会が多く、自然彼らとの距離も近くなる。さらに見栄えの点でも近衛隊は警務隊より周囲の受けがいい。


 そしてある時、泥酔して王宮内の庭園を荒らす非番の近衛隊士が数名いて、それを止めようとする警務隊と小競り合いになった。その隊士が王太子付きの者であったため、彼らを無罪放免とし同時に取り押さえた警務隊を処罰するよう、王太子がねじこんで圧力をかけようとした。

 それを庭園を管理していたロゼラインが決まりにのっとって、近衛隊士を懲罰房に入れ、仕事中に彼らを抑えただけの警務隊の行為は不問に処した。

 ロゼラインとしては決まり通りに問題を処理しただけだ。

 だがその当時、特に王太子付きの近衛隊士が警務隊を下に見て横暴の限りを尽くし、時には王太子の力でそれを不問に処されていることに警務隊は強い不満を持っていた。あの王太子がいずれ王位に付き自分たちの上に立ったら、警務隊がどういう扱いをされるかの予想もつき、警務省の者たちはうつうつとした気分になっていたのだった。


 それだけに、彼女が王太子の圧力に屈せず筋を通したことに警務隊は大いに感動した。


 そういえばそういうこともあったな、と、ロゼラインは思い返した。


 そして、その事件こそがロゼラインと王太子の中に決定的な亀裂が入った出来事であった。


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