12 戦争の引き金

~リューテンブルグ王国・城~


「――ではやってみておくれ」


 俺は今城にいる。お決まりの玉座の間にな。


 目覚めの悪い朝に更に追い打ちをかけるかの如く、朝っぱらからまたエドが俺の家を訪ねて来たのだ。


 理由はまぁ下らない。

 一応フリーデン様が絡んでいるから口が裂けても言えないが、実に下らないと俺は思う。


「早く見せろジン」

「見せる物なんてねぇっつうの」


 王国にとって最早一大行事となりつつあるアンドロイド計画。勿論まだ関係者しか知らない事だが、それでも既に多くの大人が関わっている事もあり、魔力が扱えない俺の“進捗状況”とやらで城に呼ばれ今に至る。


 だがハッキリ言わせてくれ。

 1だったものが5や10になったのならこの報告に意味があると思うが、0が0のままで一体何を報告しろと言うんだ。誰にもメリットの無いただただ無駄な時間を過ごすだけだぞ。


 って事をエドにも朝言ったのが、どうやら多くの大人が関わっている為、形だけでも協力してくれとフリーデン様にも頼まれたらしい。国王というのも色々大変そうだ。


 そんなこんなで城に集まった一堂に対し、俺は自信満々に魔力が使えない事を見せつけてやった――。


「……よし。ご苦労じゃったなジンフリーよ。エドワードにも手間を取らせたの」

「いえ。とんでもございません」

「全くだよ」


 城に来ていた専門家や関係者達も進捗状況とやらに満足したのか皆帰って行った。こんな事言ったら失礼なんだろうけど、俺には一生理解出来ない人達だ。



 そして、唐突にも“それ”は起こるのだった――。


「さて、ジンフリー。やっぱりまだ魔力の感覚は掴めぬか?」

「はい。正直って意味不明です。私なりに人生で初めてというぐらい真剣に取り組んでいるつもりなのですが……全く成果を感じられません」

「ホッホッホッ、そうかそうか。其方が言うのならさぞ苦労しておる様じゃな」

「誠に面目ないです」

「そう気負う必要はない。急いでおらぬからの。皆今回のアンドロイド計画にちと興奮しているだけじゃ。それよりジンフリーとエドワードよ、これはまだ誰にも言っておらぬ内密な事なのだが……」


 フリーデン様の表情が少し険しくなった。


「実はの、このアンドロイド計画の事が“ユナダス王国”に漏れてしまったらしいのじゃ」

「ユナダス王国に……⁉」


 ユナダス王国って、今はそうでもないけど、確かあんまりリューテンブルグと友好関係じゃなかったらしいな。もう昔程じゃないけど、100年以上前に戦争か何かしたんじゃなかったか……?


「知っておると思うが、リューテンブルグ王国とユナダス王国の間には1度戦争が起きておる。私が生まれる前であったから100年以上も前だが、その戦争はお互いの王国が壊滅寸前まで追い込まる程悲惨なものであったらしい。

当時リューテンブルグ王国の国王であった祖父の代では、ユナダス王国との関係は最も悪かったと先代の父も言っておった。


やがて歳を取った祖父とユナダスの国王も現役を退き、次の父の代へと引き継いだのじゃ。休戦協定の取り決めがある中ではあったが、父とユナダスの次期国王は2度と争いを起こさないと歩み寄りの姿勢を見せた。それだけお互いに失ったものが多すぎたのじゃな……」


 今のリューテンブルグからは想像も出来ない。

 壊滅寸前なんて満月龍の時より酷かったって事じゃねぇか。


「そこから更に月日は経ち現在にまで至る。私が国王になってから40年近く経つが、ユナダス王国の現国王である“バレス国王”とは共に両国の友好関係をより深めてきた。今となってはこの戦争を経験した者もごく僅か。私より10歳も上の世代じゃ。果たして何人が長生きしておるのかの。ホッホッホッ。


しかしどれだけ良好になろうと歴史を無かった事には出来ぬ。もう争いは起きないと、休戦協定も父から私に引き継ぐ時に撤廃しておるが、果たしてどうユナダス王国にアンドロイドの事が伝わったのか……。


100年以上築いてきた関係の雲行きが少し怪しくなってきておる――」


 俺とエドは静かに目を合わせた。

 フリーデン様の話が突然過ぎるという事もあるが、その内容もまたす直ぐに受け入れられるものではない。


 当然だろう。

 今フリーデン様が言った事を分かりやすく言うなら……。


「それは再び戦争が起きるという事ですか……?」


 そう。

 口を出したのはエドだが、俺も意見は全く同じだ。何ともまぁ物騒な話だが、問題はもっと根本。


「たかがアンドロイドで何故そこまでに?」

「ああ、問題はそこなんじゃ」

「そもそも我が王国の機密情報がどうしてユナダス王国に……」

「それについては今調べておる。エドワードの言う通り、アンドロイドの件は機密情報じゃ。まぁアンドロイドというより満月龍の力の事じゃがな。

5年前からこの研究に関わる人間は全員リューテンブルグ王国の者じゃ。身元も調べ、本人達にはこの研究についての情報を一切口外しないという契約も結んでおる」

「って事は、研究に関わっていないが事情を知っているであろう一部の家来や騎士団員達か?」

「もしくは研究に関わっている中に情報を漏らした奴がいるか……」


 様々な憶測が脳内を駆け巡る。

 どんな結果にせよ、それが良い事じゃないってのは確かだ。


「情報を漏らした者を特定するのも大事ではあるが、今最も重要なのは、その情報がきっかけで両国の関係に亀裂が生じようとしている事。先日ユナダス王国から入った連絡の内容がこうじゃ。


“リューテンブルグ王国が戦争を望むのならば、我がユナダス王国も全精力で迎え撃つ”とな――。


私も突然の事で動揺したが、直ぐにバレス国王に確認を取った。そして話を整理していくうちにようやく状況が理解出来た。

何でも……我がリューテンブルグ王国が進めていた満月龍の力を、ユナダス王国は他国への力の誇示と受け取った様なのじゃ」

「そんなの勘違いだろ」

「バレス国王にはその旨を?」

「当然じゃ。リューテンブルグが満月龍に襲われた時もユナダスは直ぐに支援をしてくれた。そんなユナダス王国へは勿論、全世界何処の国とも我が王国は戦争など望んでおらぬと。


しかし、この情報がどう伝わったのか分からぬが、図らずも満月龍の強大な力を手にしてしまった事を良く思っておらんのじゃ。リューテンブルグが満月龍の力を王国の軍事力として備えているとな」


 無茶苦茶だな……。


「それは誤解だという事も何度も説明したのじゃ。私達はこの力を、再び満月龍に襲われた時に我が王国を守る最後の防衛策として考えておるだけじゃと。そして間違ってもこの力を攻撃として扱う事は断じて無いとの――」


 神妙な面持ちで話すフリーデン様の無念が痛い程伝わってくる。それと同時に悟った現実。


「フリーデン様が事情を説明したがユナダス王国の意見は変わらないと言う事ですね……」

「バレス国王には何とか話をつけたが、向こうでは既に一部の者達が反乱を起こしているらしいのじゃ」

「成程。まぁユナダスの気持ちも分からなくはない。他の王国が強大な力を極秘に進めておいて攻撃する気は無いなんて、説得力がまるでねぇもんな」

「おいッ、言葉を慎めジン!」

「構わんエドワードよ。ジンフリーの言う通りじゃ。大砲を造っておいて絶対に撃たぬなどと言われても、誰も信用出来ぬ。しかも積んでいるのが満月龍の砲弾となれば他国にとっては脅威でしかない。


私のせいじゃな……。何処かで判断を誤ってしまった。父の代から守り続けてきた両国の平和を、まさか私が壊してしまうとはの……」

「決してフリーデン様のせいではありません! 満月龍の力が絶対に安全だと理解してもらえば大丈夫な筈です!」

「そうじゃな。私も諦めた訳ではあるまい。一刻も早く漏洩元を突き止めると共に、満月龍の力を確実に安全な物へと進化させねばッ……『――バリィィィンッ!!』

「「――⁉」」


 突如、玉座の間の窓ガラスが室内に飛び散った。

 

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