「イチゴの行方」と最後の一口

 真っ白のフード付きパーカーと迷彩柄のカーゴパンツという、この間と同じ服装に、今日は仮面を着けていなかった。

 着けていないから、素顔がわかる。


 空だ。


 ここに辿り着くまでに、心の中で幾度となく念じていた。

 空は虚言を撒き散らし、空が例の〝死神〟ではなく、オレの向かう先に空はいないでほしい、と。


 しかし、目に見える現実は非情なもので、視界が潤む。


 袖で拭って、しかと前を見据えた。縄で縛られて身動きは取れず、その口元にはガムテープを貼られている後輩と目が合う。助けを求めるように身体をくねらせているが、不可視の力で宙に浮かび上がっているのでどうしようもない。


「お仲間も一緒なんだね」


 同僚たちは建物の影に隠れているのに、勘付かれてしまっていた。ため息ひとつの後に「キミは昔からそうだ。キミの周りには、きみを慕う人たちが集まってくる。ボクのほうが背も高いのに、」と、恨みがましい様子でつぶやく。


「そんなことはない」


 オレは言葉を遮って否定する。初めて聞いた。

 いつだって空は、オレの隣でニコニコしていたのに。


「そうだね。は、ボクがヤケクソになってこの子を殺さないかどうか、監視しているわけだよ」


 違う。

 そういう意味で言ったのではない。


「ボクが死ねば、この世界の吸血鬼は全滅する。たとえ生き残っていても、キミたちが開発したお薬で治るからね」

「オマエは死なせない」


 オレは空、オマエを治すためにここまでやってきた。天にも誓える。こんなにかかってしまうなんて思っていなかった。オレと空の、幼馴染の仲なのだ。思い詰めるぐらいなら相談してほしかった。言ってくれたら、吸血鬼でも昼間に活動できるようななんらかの装備を開発することだってできただろう。


「そう言うと思ったよ」


 後輩の身体が上昇していく。

 だんだん小さくなっていく姿を見上げて「何をするつもりだ!」と空へ問いかける。


「ひとがひとを殺したら殺人罪だけど、吸血鬼は殺してもいいんでしょ?」


 ここでその疑問を投げてくるか。吸血鬼の討伐に、反対するものたちの常套句を。答えに詰まる。その間に後輩は高層ビルと同じぐらいの高さまで浮かんでしまった。


「ボクはずっと、小さい頃から、キミのことがうらやましかったよ。ボクにとっても自慢のキミが、最後の吸血鬼ボクを倒して英雄になってくれたらいいなって思う」

「だが、オレはオマエを倒さない。オマエには人間へ戻ってほしいんだ。人間として、これからもオレと生きていこう」


 薄暗い表情だった空が、朗らかに「プロポーズみたいだね」と笑った。月明かりの下、深夜、通行人も車もいない、街の中。ただし、女の子は宙ぶらりんになっている。


「そしてこれが、オレからの〝プレゼント〟だ」


 注意を引きつけている間に、ハンドサインを送った。後輩が落ちてきそうな場所に、待機している人員を動かす。こいつらなら大丈夫だ。結果としてついてきてくれてよかった。

 オレが〝プレゼント〟と言って取り出した投擲武器を見て、空は「何それ」と首を傾げる。おおむね好評だ。今日作ったばかりのものだから、空にはこれがどんなものかわからないだろう。当たれば、中身の治療薬を浴びて空は人間に戻る。オレの悲願は達成されるのだ。


 オレにオマエの気持ちのすべてを理解できなくとも、これからの時間がなんとかしてくれると願っている。

 まずはショートケーキを食べよう。積もる話はそれからだ。


「避けずに受け止めてくれ」

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ピースオブショートケーキ 秋乃晃 @EM_Akino

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