ぬくもり



ぬくもり



 夏休みになると琉依は毎日HELLO GOODBYEに顔を出していた。


 誰もいない時は静かなこの店で勉強する方が集中できるということだった。


「暑いね。アイスクリームでも食べるかい?」


 式条は冷凍庫からアイスクリームの箱を取り出した。


「あ、そのアイスってあの時の」


「ああ、琉依くんが始めて来た時に男の子に出したよね」


「俺にもあのバラのやつ作ってください」


「オッケー」


 式条は楽しそうにしながらコーンの上にアイスクリームで綺麗なバラの花の形を作った。


「どうぞ」


「すごいですね式条さん。頂きます」


「はぁい」


 二人は仲良くアイスクリームを食べていた。


「そうだ、弟さんを一人にして大丈夫なのかい?」


 朝からお店にいる琉依に式条が聞いた。


「弟はもう五年生ですし、ほとんど毎日友達が家に来て遊んでますから。俺がいるとかえって邪魔かも」


「はは、そっか」


「そうなんですよ」


 琉依の笑顔を見ていると式条は胸の奥が暖かくなるのを感じた。


 母親が亡くなってから今まで誰かがそばに居ることがなかった。


 しかも自分と同じように霊が視えている。


 琉依の前では視えないふりをしなくてもいいし、何も気を使わなくていいのだ。


 自分が他人にこんなにも心を許しているということに式条自身が一番驚いていたのだった。


 琉依がそこに当たり前のように座っているのを式条は頬杖をついて眺めていた。


「あ、そう言えば」


「えっ」


 突然琉依が顔を上げた。


「この店の名前、なんでHELLO GOODBYEにしたんですか?」


「ああ、オープンする時にお店の前にいた霊がビートルズが好きでね。ちょうど成仏する時にHELLO GOODBYEがかかってたんだ。それでぴったりかなって思って」


「どうしてぴったりなんですか?」


「だって霊たちはこんにちはってやってくるけどすぐにさようならって成仏するだろ。こんにちは、さようなら。僕がやってることにぴったりかなって思って」


「へえ」


「あれ、琉依くんもしかしてHELLO GOODBYEって曲知らない?」


「ビートルズは知ってますけど、曲はあまり聴いたことがなくて」


「そっか。じゃあ聴いた方が早いね」


 そう言うと式条はタブレットを手にした。


「ちょっと待ってよ……はい」


 タブレットからビートルズのHELLO GOODBYEが流れ出した。


 式条はまた嬉しそうに、じっと耳をすませて聴いている琉依を眺めた。


「いい曲ですね。想像してたよりも明るい」


「あは、そうだね。歌詞はさようならだけど曲は暗くはないよね」


「最後はずっとハローですしね」


「ハハハ……」


「大丈夫ですよ、式条さん」


「えっ? 何が?」


「俺は式条さんにさようならは言いませんから」


「は?」


「霊みたいにすぐにいなくなったりしないです。俺は生きてるし」


「うん」


「式条さんはずっとひとりで寂しかっただろうなって思って。でももう俺がいますんで寂しくないですよ。どこかに行ったりもしないです。ずっと式条さんの近くにいます」


「はは……琉依くん。ありがとう」


「なんだったらオヤジももれなく付いてきますけど」


「いや、もう三神さんはいいよぉ」


「ははは、ですよね。俺もです」


「アハハ、僕たち気が合うね」


「はい!」


 それから二人は楽しそうに笑っていた。


 式条は琉依の優しさに込み上げるものを感じていたが、ぐっとこらえていた。


 もう自分は孤独ではない。


 それがどんなに心強いことか。


 どんなにあたたかいものか。


 式条は必死で涙をこらえながら心から琉依に、そして三神に感謝していた。


 浄霊屋HELLO GOODBYEには二人の笑い声が、そしてビートルズの曲がいつまでも流れ続けていた。



          完






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HELLO GOODBYE クロノヒョウ @kurono-hyo

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